リトルプリンス 星の王子さまと私(3.5) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
リトルプリンス 星の王子さまと私 
THE LITTLE PRINCE
 
2015年フランス107分
 
監督マーク・オズボーン
 
 
概要
 世界中で親しまれているアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの名作「星の王子さま」を初めてアニメ映画化。レベルの高い学校を目指し勉強漬けの日々を過ごす少女と、若いころ不時着した砂漠で出会った星の王子さまとの思い出を語る老飛行士の交流を、CGアニメとストップモーションアニメを駆使して描く。『カンフー・パンダ』などのマーク・オズボーン監督をはじめ、アニメーション製作の一流スタッフが集結。声優陣にはジェフ・ブリッジス、ジェームズ・フランコ、マリオン・コティヤールらが名を連ねる。(シネマトゥデイ)
 
感想
 予告を見ても明らかなように、3DCGの場面は、どことなくピクサーのような造形。技法的には特筆すべきところはないかな…可もなく不可もなくという感じ。違和感もないけれど、目新しさもない。
 
 一方、「星の王子さま」が登場する回想場面では、人形を用いたストップモーションになっている。ふむ…悪くはないのだけれど…そこまでぐさっと突き刺さるというほどでもない。それはおそらく、物語構造の問題が影響している。
 
 物語構造として、ロジカルな構造になっていることが気になる。なんと言うかな…もちろん、『星の王子さま』ってのは、大人に対する子どもって構造が表れていた。けれどもそれは、対立的な構造にはなっていなかったように思う。つまり、コチコチに固まった大人の固定観念を一歩離れて子どもの目線で見るというか、そういうある種客観的な視点がある。「大人ってのはまったく変わっているよ」というセリフに、それが表れている。そこにあるのは、理解の出来なさであって、善悪の対立じゃあない。
 
 それに対して、この映画は、大人を悪にしてしまっている。それはなんか少し違うのじゃないか…という気がする。悪を退治して善が勝つ…というような、典型的(ハリウッド的)な物語構造は、なんだか妙に『星の王子さま』には似つかわしくない。
 
 それに合わせて、現代の場面では、あきらかに画一化された世界(大人の世界)が構築されている。象徴的な表現だということは分かるのだけれど、なんだろうな…あまりにも作られた世界過ぎてリアルな世界だと感じられない。そのことによって、ファンタジーと現実の間の距離を取れなくなってしまっている。
 
 『星の王子さま』がまるで理解されない世界なんて、それ自体がファンタジー。変わった世界の中で、さらに変わった『星の王子さま』…というこの構図は一体なんなのだ。この映画は、『星の王子さま』をファンタジー内ファンタジーにしてしまった(こういう作り方をしたいのならば、エンデの『はてしない物語』でも見習いたまえ)。
 
 いくつか心に残る場面はある。車の中から外の景色を眺める場面、それから山積みされたコインの中から、ビー玉や何やら星の王子さまと関係した物を掘り出す場面。後者はとりわけ美しい。あれはまさに、現実とファンタジーの間を架け橋する場面だからだと思う。
 
 あの場面の持っている力を映画全体に反映できなかったところが痛い。
 
☆☆☆★(3.5)
物語3.0
配役(-)
演出4.0
映像4.0
音楽4.0