アイドルドラマ・映画に関するetc 3(マジすか) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


(この記事は舞台版『マジすか』を見る前に書いていたものです<(__)>)

1.
 前回の記事で書いたように、アイドル+ヤンキー+アクションという点では『スケバン刑事』、ヒエラルキーや抗争という点では『クローズ』などと共通する*『マジすか』ですが、それらとは決定的に異なることがひとつあります。
(*その間に『天然少女 萬』を挟む筈ですが、ここでは取り敢えず置いておきましょう)

 『マジすか』1stシーズンの最大の特徴。それは、このドラマが、どこか現実世界とのリンクを感じさせていたことです。

 まず、役名がそのままですしね(「学芸会」あるいは「大根役者」と自らを卑下するようなテロップがよく流れていましたが、それにも関わらず、さして違和感を感じさせなかったのは、半分くらい本人の役だったからでしょう)。

 さらに、ドラマ内の学園のヒエラルキーと、総選挙などに代表されるような48内でのヒエラルキーが連動しているように見えたのです。それは、このドラマの主題である「マジ」とも共鳴していました。ホントに強いヤツが、強いヤツを演じるというね。そして、それが「実力主義」という一種の霊性をこのドラマに与えていました。

 ボクは、以前の記事では、ドラマはフィクションであって現実世界と切り離されているから良いんだ…と言いました。現実のあれこれと切り離されているから、そこを離れて純粋に楽しむことが出来る…と。それは確かにそうなのですが。

 しかし、『マジすか』の場合は、現実世界とリンクしている…ということが、かえってプラスに働いていました。実際、1stシーズンは良く出来ていると思いますよ。今みても、素直に面白いと思えます。

2.
 しかしながら、現実世界とのリンクは、やはり諸刃の剣でもありました。シリーズを重ねるごとにドラマ世界が現実世界に着いていくことが出来なくなり、そして同時に、現実そのものもマジを失っていったことで、このシリーズはその霊性を失っていったのです。

 その傾向は、2ndシーズンからすでに現れはじめていました。

 2ndシーズン。「マジ女」は代替わりしています。トップの優子はいなくなり、No.2のマリコ様と四天王は(ゲキカラ玲奈をのぞき)卒業。その代わりに新部長おたべと新四天王が誕生しています。

 しかしですね。『マジすか』2ndシーズンが放送された2011年ってのは、現実には優子もあっちゃんもマリコ様もみんなAKBに居たわけですよ。つまりここで、「マジ女」のヒエラルキーと現実のAKBのヒエラルキーにはズレが生じてしまっている。

 もちろん、1stシーズンもその両者は完全に一致するものではありませんでしたが、しかし、そのズレが大きくなってしまったということは、このドラマが、現実にキャッチアップするのではなく、完全にフィクション化していくということを示していました。

 もうひとつのキーポイントは、「さっしー問題」をクリアできなかったことです。これは『マジすか』も『AKB49』も同じです。現実は小説よりも奇なり。さっしー時代の到来をドラマとして回収できなかったこと、それは48を主題としたドラマが完全にフィクション化していく分水嶺だったように思います。

 そして、それらによって、このシリーズは、最大の武器であった「実力主義」という霊性を失ってしまったのです。いまや、このドラマは(運営推しの)若手の登竜門的ドラマに過ぎません。ドラマ内で語られる「マジ」は現実とは何も関係ない。言葉だけの「マジ」となったのです。

 さらに、現実のAKBそのものも「マジ」を失っていったことが、そこに輪をかけます。かつて、あっちゃんの「人のマジを馬鹿にすんな!」という決めゼリフは、AKBそのものの理念を表すように見えていました。

 その泥臭いセリフは、あの浮ついた時代の中で、何だか妙に迫力を感じさせるものでした。また、当時の彼女たちにはそのセリフを言う資格があると思えたのです。あそこには、たしかに何かがあった。

 しかし、ここ数年でAKBはその「マジ」(あるいはガチ)を失ってしまいました。ここでいちいちその例を挙げることはしませんが、いまやAKBが「マジ」と言ったって、失笑を買うだけでしょう。バカバカしいことは山ほどありますよ。

 こうしてますます、ドラマ内の「マジ」という言葉は空虚なものとなっていきます。その言葉に血肉を与えていたすべては、もはや失われてしまったのです。

 どんなに芝居が拙くたって、設定がパクリみたいだって、物語自体にとりわけ特筆すべきものがなくたって、それでも『マジすか』に力があったのは、そこに本気の「マジ」があったからです。

 それは、ただ小細工を弄して取り返せるようなもんじゃありません(オーディション? 大人たちの都合で選んだものを押しつけられるような『マジすか』って、いったいなんだ。ギャグにもなっちゃねえ…と)。

3.
 …う~む、なぜだかこういう方向に記事が進んでしまった…。ホントはもっとこう…『マジすか』が本来持っている力みたいなものを強調したかったのですが、色々と言いたいことが出てきてしまって(^^;)