アイドル…とりわけ現代的なアイドルって、基本的に「いまその瞬間」を輝かせる存在ですよね。握手会にしても公演にしても、その瞬間にしか存在しないわけで、その瞬間をどれだけ輝かせられるか…というのが、彼女たちに課せられた使命です(大仰ですが)。
その瞬間を輝かせて永遠のものにしてしまう。儚いからこそ、その時間その空間にしか存在しなかったからこそ、美しいということはあるわけで、それはたとえば生け花のような芸術と似ているかも知れません。
一方で、残していく芸術というのもあるわけですよね。それは生け花の儚さに比べれば、たとえば、彫刻の堅牢さに例えられるかも知れません。ここでは、その作品がどれだけ長く耐久してきたか、というのがひとつの判断基準になります。より優れた作品は、より(大切にされ)長く残っていくからです。
前者が時を燃やし尽くす炎の芸術だとすれば、後者は時を凍らせる氷の芸術です。
アイドルにおける永遠と永久について↓
そして、その中間に映像芸術というものが考えられるでしょう。それは、その瞬間を輝かせた芸術を切り取り、長く耐久させる力があるからです。
ボクがいま、アイドルドラマ・映画の重要性を強調するのも、ひとつには、この映像特有の性質があげられます。アイドルというのは、あまりに儚い。儚いからこそ美しいのですが、でも同時に、どうかその時よ止まれ、とボクは願うわけです。
2.
そして、もうひとつは、それがフィクションであって現実世界とは切り離されているからです。映像という点では、たとえばコンサートDVDやバラエティでも同じはずです。しかしながら、それらは現実世界とは切り離されていません。
それがつまり、どういうことを意味するかと言えば…。
たとえば、たかだか半年前のバラエティとかコンサートの映像をもう見たくなくなっちゃったりするわけですよ。なぜなら、たとえば、卒業しちゃって見るのが辛いメンバーとか、あるいはもっと悪いことに、色々な理由からもう見たくもない子が映っていたりするからです。
そうすると、結局、その映像自体にも傷が付いたように見えてしまうわけですよね。現実世界の出来事が、その映像を見る目に流れ込んでしまう。
それに対して、ドラマや映画は基本的にはフィクションの世界ですから、そうした現実世界の出来事と切り離して見ることができます。
もちろん、演じている人が現実世界の住人である以上、100%切り離して見ることができるか…と言えばおそらくはそうではないでしょう。しかしながら、切り離された世界であると言及されていること(この物語はフィクションです)が、おそらく大事なのです。
正直、アイドルグループも5年10年とやっていれば、現実には色んなことがあるわけですよ。色々なことがあるから…なにがどうってあまり確定的なことは言えない。でも、ドラマ・映画の世界では、それ自体で完結された閉ざされた世界になっている=凍らされている。そう見ることが可能だということが重要で。
なにかそうした、一種のオアシスというかな…あるいは流れ流れていく川の中腹にある中洲というかな、そうしたものの必要性を、いますごく感じます。それは、ほかならぬボク自身が必要としているのかも知れません。
つづく