ビリギャル(3.5) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
ビリギャル 
 
2015年日本、117分
 
監督:土井裕泰
 
主演:有村架純
 
概要
 『ハナミズキ』などの土井裕泰が監督を務め、塾講師・坪田信貴の「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」を映画化した感動作。成績学年最下位の女子高生が、ある教師の励ましで慶應義塾大学合格というむちゃな目標に向かって突き進む姿を描く。『女子ーズ』『ストロボ・エッジ』などの有村架純が偏差値30の金髪ギャルを熱演。落ちこぼれ女子高生が、人生の一発逆転を狙う笑いと涙の物語に夢中になる。(シネマトゥデイより)
 
感想
 いま、この『ビリギャル』の真相というのがネットで出回っています。それによると
 
 
 …そうです。それに、そもそも英語は最初から得意だったという話もあります。これを聞いてどう感じるか…ってのは人それぞれだと思います。インチキじゃねーかと感じる人もいるかも知れません。この映画を見ても、全体がこの著者の塾(この著者のやり方)のPRみたいな感じです。
 
 ただ…ボクは必ずしもそれを否定する気持ちになれなくて…。
 
 たしかに、この映画では、学校はほとんど無価値なように描かれていて(主人公は塾や家で勉強して学校では寝ていますし、親はそれを推奨すらします)、それはなんか違うんじゃねーかとは思います。その構造そのものがどこか歪なんじゃないかと。
 
 それに、塾に行くにもやっぱりマネーがかかるわけで、(上の記事にも書かれているように)ビリギャルが慶応に行くことが出来たのも、結局のところ、家が(ビリギャルを)週6で塾に通わせられるだけの資金力を持っていたからではないのかと。
 
 だからこの物語には、親の財力が子の人生に直結するという、格差社会の問題点が内包されている筈ですが…でも、この映画では、そうした社会構造そのものに対する疑問はまったくと言っていいほど提出されないんですよね。
 
 この著者の考え方は、そうした社会の現実を疑うよりも、まずはその社会状況の中でいかに生き残るかを考えろってことなんでしょう。それに、なによりこの原作自体が、この著者の生き残り戦略なんでしょうし(だから、誇大広告のような書き方をしているわけで)。
  
  そもそも、「慶応に行ってなにしたいの?」ってことも、全然問われないんです。なんの学部でも良いからとりあえず「慶応に行く」ってだけ。偏差値の高い大学に行くこと=良いことだということを何も疑わない。ある意味ではシンプルなんですが。
 
 ボク自身はそう簡単に割り切れなくて、いつもそういうところに引っかかってしまうんです。そして身動きが取れなくなってしまう。
 
「中卒どころか中1までしか学校に行かなかったニートが、ろくすっぽ勉強もせず(塾も家庭教師もなしで)そこそこの私大に受かって博士課程まで行った話」
 
 …ならボクもできますけど( ;¬_¬)
 
 正直、それってすごい微妙で。これがたとえば「東大」ならドラマになるんですよね(東大の院に行って学歴ロンダしちゃえば、そのエピソードで食べていけるんじゃないかと思っていた時代がボクにもありました-笑)。
 
 ただ、結局、ボクはチャレンジさえしなかったわけで。だからこそ、ボクはそういう「生き残り戦略」を否定する気になれないんです。
 
 世界が正しかろうが間違っていようが、その世界のなかでいかに生き残っていくか…という視点は大事だと思うんですよ。それはなんか…SKEのメンバーとかを見ていてもそう思いますし、大学の後輩とかを見ていても思います。
 
 ここでまた少し話が逸れますが…ウチの大学は私立の中堅*で、下からエスカレータで上がってくる子もいれば、頑張って受験して入ってくる子もいれば、はたまた、もっと上でやれる力はあるのに、あまり頑張りたくないからって入ってくる子もいます。
 
*(追記:…と書いて、あとで「中堅私立大学」を調べたら、ウチの大学は「一流私大」って扱いになっていた…いくらなんでも一流ってことはないと思うけれど…「準難関」って書いていたところもあったので、いちおう、中堅と上位の中間くらいって言っておこうかな(^_^;))
 
 入学したての時は、それでもみんな目を輝かせているんですよ。これからどんな新しいことがあるんだろうって。でもなんか、そのうち惰性に流されていってしまう(それはボク自身もそうですけど)。大学ったって、そんな理想的な場が提供できているわけじゃないんです(ウチの大学の限界はもちろんあるにせよね)。
 
 そういう中で、ちゃんと戦略を立てて「生き残り」を図ろうとしている子は応援したくなりますし、なんか多少こずるく感じても否定する気にはなれないんですよね。結局、ボクはチャレンジしなかった人間なわけで、チャレンジする人間はそれだけで凄いと思うんです。
 
2.
 この映画そのものは、もともとの構造がシンプルだということもあって、「感動」するようには出来ています(先述したように疑問に思うところもあるんですけれどね)。
 
 受験生なんかは特に染みるんじゃないですか。
 
 ボク自身は、模試も何も受けないでセンター一発にかけて、しかも(文系志望だったので)一日しか受けてないので…あまり「受験した」って感覚はなかったんですよね。ただ当日会場に行って、ただマークシート塗りつぶして帰ってきただけですし。
 
 覚えているのはむしろ、親父の車に乗って受験会場に行ったこととか、帰ってきて弟とゲームをしている途中で模範解答がHPにアップされて、あわてて自己採点したこととかね。何日か後に、志望校(今の大学)に合格したことが分かって、親父にメールしたこととか…。なにかそんなこと。
 
 なにより、センター2週間前に、15年間ずっと一緒だった子が居なくなって…なんかすごく非日常的な感覚の中にその一連の出来事があって、こう…全体が夢の中の出来事みたいに思えるというか。
 
 だから、世間一般でいう「受験」を、自分もしたという感覚はなかったのですが、この映画を見ているうちに、それでもやっぱりそんなことを思い出しました。良い思い出…というよりは、少し寂しさの籠った記憶ですけれどね。
 
 なんだか、自分のことばかり書いているような感じですが、この映画そのものが、なにかそういうことを考えさせる映画なんでしょうな。もともとが自己啓発本みたいなノリの話ですし(^_^;)
 
3.
 まあ、そんなことを思いつつも…この映画で本当に特筆すべきは有村架純ただひとりですよ。あの子はいま、日本で一番なんじゃないですかね(イヨッ!日本一!)。
 
 なんだか妙に制服姿が似合わん時がありますし、あの露天風呂シーンも(この手のサービスカットじゃ)サイテーの部類に入る出来でしたが(笑)
 
 「もともと低いところを流れていた人間だし、先生みたいにいつも前向きじゃいられんもんでさ!」みたいなセリフ、あれだけカッコよく説得力を持って言えるなんて、(あの世代じゃ)この子くらいでしょ。
 
☆☆☆★(3.5)
物語☆☆★
配役☆☆☆☆☆
演出☆☆☆★
映像☆☆☆☆
音楽☆☆☆☆