嫌AKB論1 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


「嫌AKB論1」

1.
 難しいな~…と思ったのは優子の『ヤメゴク』のこと。第1話の9.1%から、第2話で一気に6.7%まで視聴率が下がってしまったようで。よしりん先生ではないですが、内容という点では(1話も2話も)さほど悪いとは思っていなかったんですよね、ボクは。でも、視聴率がとれない。

 やはりAKBが避けられているのか…と。

 これはどうしても言う必要があると思うのですが、48内では長らく「目立ったもの勝ち」という価値観が幅を効かせてきました。嫌われても良いから目立てと。それは、「アンチは無料の宣伝マン」という言葉が典型的に表しているでしょう。

 これがある一定の成果を上げてきたのは事実です。とくにグループ内でのし上がるためにはね。しかし、今はそれが行き過ぎている気もしますし、今の状況を見るにつけ、逆にマイナスの方向に働いているような気がするのです。

 優子にもその責任の一端はあります。日本中の注目を集める「紅白」で卒業発表を敢行し、日本中の顰蹙を買ったのは他ならぬ彼女なのですから

2.
 かつては、あっちゃんの「私のことは嫌いでもAKBのことは嫌いにならないでください」という言葉に現れているような謙虚な姿勢がAKBにはありましたし、かつては、「恋愛禁止」という鉄の掟によって実際に解雇されてしまうというような峻厳さがAKBにはありました(それが幻想だったにせよ)。

 それらによって、たとえAKBに好意的な人ではなくとも「なんかスゲーなこいつら」という感覚はどこかにあったと思うのです。

 しかし、今ではメンバーは「嫌われてナンボだ」と開き直るばかりですし、相次ぐスキャンダルもすべてスルーです。音楽番組に出りゃパフォーマンスはグダグダで、あまつさえ、昨年の紅白ではマスゲームすら完成させられない始末。

 もはや、AKBに対する視線は、「嘲り」に取って代わられたのです。

 それはつまり、たとえ表面上は同じ笑顔をしている積もりでも、かつては(戦士のように映っていたので)辛い中でもニコニコと笑顔を絶やさない…と見えていたものが、今では単にヘラヘラしている…ようにしか見えなくなるということです。

 我々は、時代が変わったのだ…ということをまず認識しなくてはなりません。

3.
 そのうえ、時代を制覇してしまったAKBはすでに多くの人に知られており、かえってそのために多くの人からマイナスの眼で見られているという状況になっています。こうした状況は、彼女たちが思っている以上にシリアスにとらえる必要があるでしょう。

 麻友の「脱アイドル宣言」がとんでもなく間抜けに映ったのは、そうした状況を理解していないように見えたからです。「脱アイドル宣言」をして、そちら側に行ったとしても、そこにはあなたに敵意を持っている連中が大勢いる。徒手空拳で戦えるのですか?と。

 いまだに「アンチは無料の宣伝マン」という類いの言葉が、トップの連中の口から金科玉条のように語られるという事態も、状況が分かっていないようにしか思えません。アンチは無料の宣伝マン…じゃあ、それはどこに、誰に宣伝するのですか。

 48ファンにもまだ名前が知られていないような下の連中ならまだいいでしょう。48ファン内で名前が浸透すれば、自身のファンになってくれる可能性があるわけですからね(なんのかんの言ってもファンは好意的ですから)

 しかし、トップの連中は違います。彼女たちの名前はすでに48ファン内に浸透している。したがって、宣伝する対象は一般層になるでしょう。しかし、ここがもっとも彼女たちが理解していないところだと思うのですが…いまや、一般層はAKBに対してデフォルトでネガティブなイメージを持っている。つまり一般層自体が潜在的なアンチAKBみたいな状態になってしまっているわけですよ。

 アンチが潜在的アンチに宣伝するってことは、いったいどういうことを意味するんですか。単純に、AKBに対する嫌悪の感情が膨らんでいくだけでしょ。「嫌韓」のようにね。あそこまでいくと「嫌われてナンボだ」とは言ってらんなくなる。

 AKBはいま、戦略を見直す必要があるのではないか…とボクは思っています。

つづく