N・H・Kにようこそ!とSAO | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


『N・H・Kにようこそ!』(2006)を見ました。

 …というだけの記事なんですが…見たアニメを書いておかないと、見た端から忘れてっちゃうからね(^_^;)>



 ひきこもり歴4年の佐藤達広の前に立ちふさがるのは、悪の巨大組織N・H・K.(=日本・ひきこもり・協会)!?謎の美少女・中原岬ちゃんの協力で、なるか社会復帰!?青春を後ろむきに駆け抜ける驚愕の「ノンストップひきこもりアクション」今ここに開幕!!(dアニメストアより)



 小説がもとになっているだけあって、筋立てがしっかりしていて面白かったです。こう…のしかかってくる世界との付き合い方というかね…分かる部分もすごくあり…。

 ただひとつ思ったのは、すでに時代を感じさせるものになっているな…と。まあ9年前の作品なんで仕方ないんです。黒が強くてハイコントラストな画面とか、抑制気味のキャラクターデザインとか、画作りの面でも時代を感じさせるんですが、それ以上に内容面。

 もともと引きこもりがテーマの作品ですし、途中でネトゲ廃人みたいになっていくエピソードがあるんですが、ネットの扱い方がものすごくペシミスティック(悲観的)なんですよね。

 だけど、ヴァーチャルなものと現実を切り離すことが本来おかしなことで。ヴァーチャルなものはヴァーチャルなものとしてそれ自体リアルなものなので、いずれアクチュアル化する。あらゆる現実はすでにいちどシミュレートされたものである…と言っても良いのですが…。

 要は、ネットの中で起こったことは、いずれ(どんな形に変奏されるにせよ)現実になる。それは、SNSの隆盛によって(とりわけネットでの革命が先に起こった「アラブの春」以降)、おそらく世界的な認識の主流になっていて…(「アラブの春」によって引き起こされた事態自体は混迷の度を増していってますが)。

 だから、たとえば『ソードアートオンライン』(SAO/2012)とかだと、むしろ「行って来い」の話になっているわけですよね。『NHKにようこそ』ではネットの世界で強くなったからといって、それは現実には何ら影響しない…って形になっているのですが、『SAO』ではネットで起こったことが現実に影響していく…。

 それになんというか…ネットに対するとらえ方が、『SAO』の方が、もっとずっとあっけらかんとしているんですよね。まあ…良いことも悪いこともあるよね…みたいな。もちろんこれは、作家自身の個性の違いもあるでしょうが、それ以上に時代の違いを感じます。

 『ソードアートオンライン』のオンライン小説版が作られたのは『NHKにようこそ!』の単行本と同じ2002年らしいですが、『NHKにようこそ!』の方が時代に遅れてしまった感じなんですよね。ただ、だからこそ、『NHKにようこそ!』はあの時代を映す鏡でもありえるのかなと。