「幕が上がる」にボクがショックを受けたのは、Documentaryの直後に見たからだという理由もある。
正直ね…いまの48を巡る状況には、色々と思うことがある。ホントにちゃんとした作品を作れる態勢になっているのだろうか…というね。
新公演はいつまで経っても出てこないし、新曲の歌詞が出来上がるのは初披露の直前で、MVもちゃんと時間をかけているようには見えない(Green flashは良かったけれど)。
スポンサーだの出版社だの代理店だのレコード会社だのTV局だの、そんなのばかりに発言力があって、クリエイティブな(この言葉キライだけれど)仕事をできる人間が前に出てこない。大人たちの発言は、みなどこか薄っぺらに聞こえた。
そうした諸々が、ボクをひどく陰鬱な気持ちにさせた。Documentaryもその例外じゃなかった。ボクはちゃんとした作品を見せてくれと思っているけれど、いまの48にそれを期待するのはムリなのだろうか…半ば諦めにも似た気持ちがそこにはあった。
だからなんか、ボクは48を好きな筈なのに、いつのまにか48はボクの大キライな類の大人たちに囲まれていて、そんな時に「幕が上がる」が現れた。ボクはもうホントにショックを受けた。ちゃんとやれば、こういうことが出来るんじゃないか…と。いつからボクは48に期待しなくなったのだろう…と。
前の記事でも書いたように、ボクが好きなものの中心に48やSKEというのはある。だけど、もちろんそれ以外にも好きなものはたくさんあるわけで…「幕が上がる」にはそれが詰まっていた。
監督の本広さんはもちろん「踊る」を作った人だ。彼の作品には当たり外れがあるけれど、ハマった時には、とても映画らしい良い映画を撮る。なにより、本広さんとは好きなものが似通っているんだよね。
まず、本広さんは押井さんを尊敬していて、「踊る」は彼なりのパトレイバーだったと言っているくらい。今作にも出てきたあの冒頭のサイレンは本広作品のメルクマールだけれど、あれは「ビューティフルドリーマー」へのオマージュだ。
もちろんボクは押井作品好きなわけで(近年の作はいまいちだけれど)。とくにパトレイバーは…なんと言うかな…ボクはエヴァ世代(あるいはvガンダム世代)でもあるけれど、子供の頃になによりハマっていたのはパトレイバーなんだ。
そしてもうひとつ、本広さんは舞台好きで、とくにヨーロッパ企画の舞台は2度も映画化している。もちろん、ボクもヨーロッパ企画が好きなわけで、とくに主宰の上田さんは同世代ということもあって、見てきたものが一緒だという感覚がある。
それから、この映画の原作は平田オリザさん。そして、この映画のために「ももクロ」のメンバーは平田さんのワークショップにも参加したらしい。平田さんってのがまた…。
今から20年くらい前になるかな…「真夜中の王国」というBSの帯番組があって。その金曜日に平田さんは出ていた。その語り口が好きでね…。なんかこの人はすごい人だな~って、実際に舞台も観ていないのにそう思っていた。ボクがよく平田さんの名前を出すのは、いまのボクを形成しているのがまさにあの頃に培われたものだからなんだろう。
(ちなみに月曜日のMCがユースケだった)
ボクが好きな筈の48はボクの大キライな類の大人たちに囲まれているのに、この映画はボクの好きなものたちで囲まれている…そんな感覚を覚えた。好き嫌いというのは価値観の問題と結びつくから、それは結局、居場所の問題に結び付いていく。
これを書きながら、キネ旬の「幕が上がる」の記事を読んでいた。本広さんと大林宣彦監督の対談。大林さんの「あした」や「青春デンデケ~」はこれまたボクの…って話は置いておいて、対談では、大林さんの「これ順撮りなの?」って鋭い質問が飛んでいた。
(順撮りっていうのは最初のシーンから順番に撮っていくというやり方)もちろん、これはほぼ順撮りの映画だった。ボクは、「さもありなん」と思った。映画が進むごとに、彼女たちの成長が手に取るように分かったから。
本広さんによれば、時間を充分とってくれたから可能になったやり方だったそう。そうして、ボクはまた羨ましくなった。