いまさらな話7(希望) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


み~おんは48の希望。

りおりんの愛はAKBを救う…なんてね。
でもホントに、少しだけそんな気がするんだ( ..)φ

ゆめちはSKEを引っ張っていく人になれ。ゆめちにはそれが出来る。



 前回はメンバーの論理とヲタの論理が乖離しているという話でした。メンバーがヲタを大事にしていないとは思いません。思いませんが、立場の違いによって考え方や感じ方にズレが生じる時がある。そんな気がするのです。

 ただ、まだ希望はあると思います。

 ひとつには、ちゃんとそのことについて認識している子や広い視野を持っている子がいるからですし、今はそれをフォローできる数々のツールがあるからです。

 でも、この記事で書きたいことはもう少し別のことです。

1.
 いまボクが希望の光を見出すのは、たとえば大川莉央や矢吹奈子、野口由芽…そして向井地美音です(ここに須藤凜々花や田北香世子福士奈央などを加えても良いでしょう)。

 彼女たちは48の未来を担うメンバー(いわゆる次世代)です。しかし、それ以上に大事だと思えるのは、彼女たちが「よく見ている」ってことなんですよね。

 なにを見ているか、それは「48」を見ているんです。

 それぞれに見方は違います。たとえば奈子はさっしーの大ファンです。りおりんもゆきりんの大ファンですが、それに博愛主義(DD)が加わっています。ゆめちは真面目さ(勉強熱心)という側面があるでしょうし、みーおんは分析的な見かたが出来ます。

 それぞれに違うけれど、でも共通するのは、やはり「よく見ている」ってことです。つまり、彼女たちはメンバーでありながら、ヲタの目線を兼ね備えているんですよね。だって、ヲタがなにより見ているのは間違いなく48なんですから。

 夢が一致していれば、メンバーとヲタとは同じものを見ることが出来るでしょう。でも今は、それが難しくなっているところがあって。ヲタは48を見ているのに、メンバーは違うところを見ていたりね。それって(理解できるとしても)なんか寂しいじゃないですか。その点、ヲタの視線を兼ね備えているメンバーならば、ヲタと同じものを見られるわけですよね。

「AKBのためになれる人になりたい。 それが『夢』だっていう人がいても、いいんじゃないかなって思うんです」(向井地美音)

2.
 もちろん、こうしたタイプのメンバーの場合、「近頃は48に入りたくて入ってくる子が多いから、そこで満足してしまって向上心がない」と言われるような側面もあるかも知れません。実際、アイドルの理想と現実の違いに苦しみ、辞めていってしまった子は何人もいます。

 だからボクは、「48メンバーはすべからく、ここで名前を挙げた子たちのようであらねばならない」と言いたいわけではないのです。

 たとえばサッカー選手でも、プレーするのだけ好きな選手もいれば、見るのもプレーするのも好きって選手もいます。そして、後者の選手が前者の選手より優れているわけでは、必ずしもないでしょう。前者のタイプには前者のタイプの価値がある。
(まあ、見るのもプレーするのも好きじゃないって選手は、もうどうしようもないかも知れませんが…コメ欄参照)

 それに、ただ48だけを見ている子より、色んなものを見ている子の方が視野が広いってこともあるでしょう(それだけ見ていたら表現はデッドエンドですから、それだけ見てれば良いってわけでもありません)。

3.
 それでもボクは、メンバーとヲタの論理が乖離していっている現在、そこ(48に入りたくて入ってくる子がいること)に希望を見出したいのです。

 それは、これまで述べてきたように、彼女たちがメンバーでありながら、ヲタの目線を持っている…言い換えれば、メンバーのなかにヲタの論理を持ち込める子たちだからですし、もうひとつは、ボクたちに改めて気づかせてくれるからです。最初の頃の気持ちをね。

 たとえばボクは、メディア主導の匂いを感じるので、「さしこ」ってニックネームがあまり好きじゃありません。だから、「さっしー」と呼ぶわけですが…でも、奈子の「さしこちゃん」って呼び方には、なにかすごく愛を感じます。

 それは、これまでは気づかなかった側面にボクの目を見開かせます。そして、「このニックネームも悪くないな」って思わせるのです。

 あるいは、ゆきりんのドラマを見てめっちゃテンション上がるりおりんとかね。あるいはDMM公演配信の実況をするゆめちとか。そこには、メンバーとしての48愛はもちろんですが、ヲタとしての48愛を感じるというか。

 昔はボクも、なにも考えずに48を楽しめたはずなのに、最近は(色々なことに足を引き摺られてしまって)そう思えないことが多いわけです。でも、いまでもああやって純粋に楽しめる子がいる…そこには、なにかとても大事なことがあるように思えるのです。

 それに彼女たちを見ていると「一緒に48を楽しみましょう」…って、そう言われているような感じがするんですよね。その、「一緒に」って感覚が冬の寒さに冷え切った心に暖かいのです。



追記:とか言ってたら…おい若手(-_-;)
希望の光が消えていく…



コメ欄

ここでいつもボクが思い出す話(再掲)。

Jリーグ開幕当時、とても才能のある若手選手がいて、その時に監督だった加茂周さんはある雑誌インタビューで次のような質問を受けた。

「木村さんと比べてどうですか?」

木村さんというのは、もちろん、日本が誇る伝説の10番、80年代にはおそらく日本最高の選手だった木村和司さんのことだ。加茂さんは日産自動車の監督として、木村さんを長年見てきた。

加茂さんは、その若手選手を「今まで出会った選手で5本の指に入る才能の持ち主」だと称賛しながらも、最後にこう付け加えた。

「和司の方がサッカーが好きだった」

ちなみに、その若手選手は無名のまま消えていった。これはなにか、とても本質を表している言葉だな…とボクはいまでも思い出す。