太秦ライムライト(3.0) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
太秦ライムライト
 
2013年日本、104分
 
監督:落合賢
 
主演:福本清三
 
概要
 時代劇という日本が誇るジャンルを支える人々にスポットを当てたドラマ。斬られ役の名手として活躍してきた老いた俳優と、彼と出会った女優が育む絆を見つめていく。メガホンを取るのは、『タイガーマスク』などの落合賢。斬られ役の名人として知られる『ラスト サムライ』などの福本清三が、自身を投影したかのような老俳優を熱演。その脇を、本田博太郎、小林稔侍、松方弘樹ら実力派が固める。チャールズ・チャップリンの名作『ライムライト』を基にした物語にも注目。(シネマトゥデイ)
 
感想

 
もし画家が、他の画家達の描いた絵を模倣したら、すぐれた絵画はほとんど描けない。しかしもし、自然から学ぶとよい成果がえられる。ローマ人以後の画家達はお互いに真似をしあい、時代をへるにしたがい芸術を衰退に導いていった。彼らの後にフィレンツェ人のジョットがやって来た。彼は師匠のチマブーエの作品を模写するだけでは満足しなかった。さびしい山の中に生まれ、山羊の番をしながら、山羊達の動きを石に描くことから始めた。勉強にはげんだ後、彼の時代の画家達だけでなく、過去何世紀もの画家達を凌駕した。彼以後美術は再び衰退した。というのは、すべての人が描かれた(彼の)絵を模写したからである。
レオナルド・ダ・ヴィンチ『アトランティコ手稿』
 

 
 「うずまさライムライト」とチケットを注文すると、「ライムライト。21:30の回ですね」と返ってくる。最近の映画館スタッフは「太秦」を知らない。
 
 この映画で主演を務める福本清三さんは、「斬られ役」として「5万回」斬られてきた人だ。当然、その実力は本物だ。「わざ」は嘘をつかない。
 
 …という趣旨でレビューを書き進めようと考えていた。序盤の内はね。
 
 ところが、途中から少しづつおかしなことに気づいてくる。なんか、この映画は意図的に「悪者」を仕立て上げようとするんだ。こういうことをする制作者をボクは信用しない。
 
 結局、この映画はボロボロだった。
 
 時間経過の感覚を上手く表せていないから、「あれ?いつのまにこんなに時間が進んでたの?」と思うことが少なくない。当然、時間の経過から生じる「わびしさ」のようなものも表せていない。
 
 なにより脚本が酷すぎる。プロットはチグハグしていて首尾一貫性を欠いているし、登場人物たちの行動原理も一貫していない。ちゃんと魂が入っている一個の人間に見えないんだ。
 
 たとえば、終盤の大事な場面。ある意外な人物の言葉で物語が展開するんだけれど、その心境の変化がぜんぜん描かれていないから、「デウス・エクス・マキナ」(機械仕掛けの神)のように見えてしまったりね。
 
 物語の内容的には「最近の薄っぺらな映画やドラマ」を批判するような作りになっているのに、これを作ってるやつが全然本物じゃない。それを訴えたいのならば、映画の出来そのものでそれを納得させろと。「愛」が感じられんよ。
 
 同じような主題でも、『イン・ザ・ヒーロー』の方が遥かに心を打った。いつの時代でも、面白いものは面白いし、つまらんものはつまらんのだ。
 
 丘の上のシーンは良かったし、福本さんは確かに本物だったけれどね。凡作。
 
☆☆☆(3.0)