そうだ、「ヨーロッパ企画を見よう」。
と、いうわけで観てきました。ヨーロッパ企画『ビルのゲーツ』。
(注:千秋楽を迎えているので、ネタバレします)
1.
構造そのものは、ものすごいシンプル。
「ロベルト」に乗って、とにかく移動していくという『ロベルトの操縦』。迷路を脱出しようとする『建てましにつぐ建てましポルカ』。近年のヨーロッパ企画はシンプルな構造の作品が目立ちますが、本作はヨーロッパ企画史上もっともシンプルだと言っても良いかも知れません。
とにかく、とあるビルのゲーツ(gates)を開けていくだけという…(笑)
その構造が、まさにゲームという感じ。ゲーム・プログラムがあって、それをいかにクリアしていくかを見せるというね。そういう意味では、ストーリーと言うよりも、構造そのものが透けて見えるようなスケルトン的な(?)お芝居と言ってもいいのかな。
2.
それでこれだけ笑えてしまうのは、プレイヤーの心理をおさえているからですよね。
たとえば、序盤までは真面目に解こうとして、攻略本とかあっても封印するんだけれど、途中から先に進むのが目的になっちゃって、そういうのどうでもよくなっちゃう感じとか。
あるいは、50kgの重りを持ち上げるステージで、脇には「テコ」が道具として置いてある。もちろん、それは「テコ」を使って持ち上げなさいってことなんだけど、50kgくらいだったら「手で持ち上げられるんじゃん?」っていう(笑)
TVゲームって、妙な縛りがある時があって、プレイヤーが「これ、こうすればいいじゃん」って思うときが結構あるんですよね。『壁の向こうに行くには回り道をしなくちゃいけません』「…え?壁昇っちゃいけないの?」って、あの感覚。
人間って、そうとうに融通性があるんで、感覚的に、そういうプログラムの制限を受け付けないところがあるんですよね。で、こう…プログラムのバグとか抜け穴みたいなものを見つけるんですよ、人間って奴は。
そうしたプログラムの制限/縛りを人間の融通性で乗り越えていっちゃうみたいな感覚がすごく反映されていて、それがまた面白い。もはや「あるあるネタ」ですけど(* ̄艸 ̄)
3.
「あるあるネタ」と言えば、ラストシーンね。あれもすごく分かりますよね。もちろん、『ボス・イン・ザ・スカイ』のように、見ること自体が主題化されている作品ってのはありますけど、ここで「見ること」ってのは、また少し別の意味があります。
あれは、言ってみれば「テトリスの花火」ですよね。昔のゲームって、クリアしたあとに単なる一枚絵が表示されるだけだったりするんですが(テトリスはアニメーションですけど)、それで「散々ムチャぶりしておいて、最後そんだけかい!」って、思…わないんですよね。不思議と。
単なる一枚絵とか、単なる花火のアニメーションなんだけれど、ここまで到達してきたものだけが見られるものというかね。それは、そのゲームをしたことがない人が同じものを見るのとは、また少し違う経験なわけですよ。
この舞台は、役者さんがゲートを開ける時に客席に背を向ける形になるので、客席と舞台が対峙せずに、観客と一緒にクリアしていく感覚が少しあります。だから最後のあの場面を見たときに、観客もゲームクリアしたときの感覚と近い感覚を味わうことができる…。
ってのは、少し分かりやすい説明すぎて、じつはボクはあそこは必ずしも上手く行っていないなと思ったりもしたんですが(^_^;)
つまり、言葉で説明できてしまうということかな…。綺麗にまとめすぎということなのかも知れんですが。
『ボス・イン・ザ・スカイ』のラストのあの漬け物とか…『衛星都市へのサウダージ』のラストのあの窓外の感じ。あれらは直接には描かれていませんよね。漬け物は物自体は出てくるんだけれども、あの味は分からない。そこはすべて演技で処理している。鑑賞者はイマジネーションで補うしかない。
だけど、この作品では、最後、実際に見せちゃってるわけですよ。見えちゃうってことはイマジネーションが働かないわけで、その場の光景そのものに回収されてしまう。壁があって照明で照らされていて、スモッグが炊かれているというね。
まあ、舞台の構造上ああするしかなかったと思うのですが、そのことで少し終わりが弱くなった…というのは感じましたかね。先述したように、説明することは出来るんだけども、こう…ガツーンとくる感じがね。
ただ…2時間ずっと笑いっぱなしでしたし、めちゃくちゃ面白かったです。良いお芝居を観させてもらいました<(__)>