『偶像のかなた38』
佐々木優佳里
(AKB48チーム4/総選挙47位)
「Happiness」
1.コミュニティ
近ごろ、コミュニティということをよく考える。人はみな、様々なコミュニティに所属している。家族、学校、会社…大抵の場合、それは複数にまたがるだろう。
それぞれのコミュニティはそれぞれの文化、語彙を持っている。そして人は、そのコミュニティのなかで、その文化のなかで発想し、その語彙にしたがって会話をする。
それは48のメンバーだって例外じゃないだろう。先日の「AKBINGO」で、こんな例が出されていた。あるメンバーが学校の友だちと会話をしていた際、メンバーを「さん付け」で呼ぶものだから、友だちが「ああやっぱりAKBのメンバーなんだね」と言ったという話だ。
これは、それぞれのコミュニティの文化に、少しづつズレがあるということの典型的な例だと思う。それぞれのコミュニティは、それぞれに少しづつズレている。このズレが決定的なものであった場合、それは戦争になってしまうわけだけれど、大抵の場合はそこまでの違いじゃないだろう。
「AKBINGO」の時にも回答が分かれたように、このズレを埋めるためにコミュニティ間で言葉を使い分ける子もいれば、そうでない子もいる。これは本質的には帰属意識の問題だとボクには思える。「やっぱりAKBのメンバーなんだね」という言葉は、「AKBコミュニティに対する帰属意識があるんだね」と読み替えることが出来るだろう。
コミュニティというのは、本質的にその構成員に対してコミュニティに対する忠誠を求めるもの。「どっちのコミュニティを選ぶのですか」ということが、つねに潜在的に問われているんだ。
人は大抵の場合、そういうところを何とか(言葉を使い分ける子のように)折り合いつけながら生きているわけだけれど、たとえば宗教者はそういうの一切妥協しないから、白眼視されたりもした…という歴史も一方ではある。
AKBというコミュニティもまた、そうした縛りが強い場所かも知れない。学校では「みんな普通はこう」だけれど、「自分はAKBだから」それはできない…あるいは、周りの友だちは「みんなこういう格好をしている」けれど、「自分はアイドルだから」そういう格好はできない…そんな場面は、きっと数多くある。
大抵の場合、AKBのメンバーは、家族、学校、芸能界、会社(事務所)、48、AKB、チーム~…といったコミュニティに所属しているだろう。そして、ここで忘れてはならないのが、ファンのコミュニティという存在だ。AKBのコミュニティと、AKBファンのコミュニティというのは(重なる部分があるとは言っても)じつは同じものではない。このことが最近、とても大きな問題となってきているように思う。
基本的にファンのコミュニティというのは、幻想の共同体だ。なにかコミュニティという言葉にふさわしい実体があるわけじゃない。
もちろん、組織化されているところもあるとは言え、かつてそれは、さほどの規模を持つものではなかった。コミュニティの形成に必要なのは、なによりもコミュニケーションの場だ。その場所はなかった…わけではないけれど、きわめて限られていた。
ここに2chやぐぐたすなどのツールが出てきたことで、状況は変わった。誰でも手軽に参加できる場が与えられたことで、幻想の共同体だった筈のファン・コミュニティに実体が与えられ始めたのだ(「ぐぐたす民」や「~民」と言った言葉がそれを雄弁に物語っている)。
そして、こうしたファン・コミュニティにおいて、扇の要の役を担っているのがメンバーということになる。48ファンのコミュニティ、AKBファンのコミュニティそれぞれの段階があるだろうけれど、メンバー個人のファン・コミュニティにおいては、メンバーは「コミュニティの長」とも呼べる存在となる。
自分のファンに愛称をつけることが流行っているのも、メンバーのそうした自覚の現れだろうし、また、話題になっている755に対する一部ファンの拒否感も、それぞれのコミュニティに対する帰属意識から説明できるだろう。コミュニティはその構成員に対して忠誠を求めるんだ。それは「コミュニティの長」とて例外ではない…(いや、なおさらかな)。
(あるいは茶髪に対するファンの拒否感すらもそれで一部分説明できるかも知れない。それは他のコミュニティへの帰属を連想させるからね)
さて、長々と話をしてきた。ここでようやく主人公の登場となる。
2.ゆかるん
最近、ゆかるん(佐々木優佳里)の勢いが凄まじい。
それって何だろう。もちろん、色々な理由はあると思う。「幸が薄そう」とか、「ポジティブだかネガティブだか分かんない」とか、そういう言葉が冗談に聞こえないようなあの特異なキャラクター。「ハピネス」というマジック・ワード。なにより、美人さんだしね。
でも、もっとも大きな理由はコミュニティという問題じゃないか…とボクは思う。あの子からは、ほとんど「外部」というものが感じられないんだ(「実際にどうか」というより、「そう感じられない」ということね)。
もちろん、家族は特別なんだろうけれど、それ以外のコミュニティに属している感じがほとんどしない。年賀状が一通も来なかったという話は有名だし、メンバーや同期とすらも一定の距離を置いているように見える。
普通だったら「かわいそう…」って話になりそうだけれど、アイドルの場合はそれが圧倒的な武器になる…というのは、これまでに何人もの子が証明してきた。「ぼっちキャラ」というのは数多くいるし、ゆかるんの場合はそれが徹底している。
「コミュニティは忠誠を求める」という話を何度もした。そして、ゆかるんにはきっと、ファン・コミュニティ…それもぐぐたすコミュニティしかないんだ(他の子に比べればね)。だからあの子はぐぐたすに何でもぶちまけちゃうし、ファンもそれを受け止めようとする。お互いの存在しかない…というのはきっと、もっとも強固な結び付きだ。
ドームコンの時、3日連続で一番目にぐぐたす投稿をしたことも…いつだか、例の悲しい事件があって、メンバーに緘口令がしかれていた時、ただひとりウルトラCのような手法を使って、ぐぐたすで気持ちを吐露したことも…きっと偶然じゃない。だって、あの子にはぐぐたすしかないんだもの(他の子に比べればね)。
755の話題が出て来た時に、「わたしはGoogle+のみ!」って即座に宣言したのも、たぶん、そういう気持ちの現れなんだろう。
幻想の共同体の長=ハピネス教祖であるという以外の「外部」を持たないゆかるんは、逆にそれだからこそファンの気持ちを強く引き付けてきた。もちろん、それは誰にでも出来ることではないし、そうした方が良いともボクは言えない。
ただ、かつて、いっさい「外部」を持たず、妥協も否定し、そのために他のコミュニティから迫害され、それがゆえに逆に結束力を高めていったコミュニティの長=教祖が、世界最強のアイドルであったことも、また一面では事実なんだ。
ハピネス! ゆかるんに幸あれ!