ノア 約束の舟(2.0) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
『ノア 約束の舟』
NOAH
 
2014年アメリカ、138分。
 
監督:ダーレン・アロノフスキー
 
主演:ラッセル・クロウ
 
概要
 旧約聖書の創世記に記された「ノアの箱舟」の物語を実写化した大作。大洪水による世界滅亡を知らされた男ノアとその家族が、ある重大な使命を全うしようと巨大な箱舟の建造に乗り出していく。メガホンを取るのは、『ブラック・スワン』などの鬼才ダーレン・アロノフスキー。ノアにふんするラッセル・クロウを筆頭に、ジェニファー・コネリー、アンソニー・ホプキンスら、実力派スターが共演する。壮大な物語はもちろん、大洪水の描写にも息をのんでしまう。(Yahoo!映画より)
 
感想
 「ノアの方舟」というのは、ボクにはとても興味深い。ひらたく言うと、ロマンをかき立てられるというのかな。もちろん、神話上の話なんだけれど、シュリーマンがトロイを発見したように、ノアの方舟があったって良いじゃないか…と思うのだ。
 
 そんなボクが、映画となった「ノアの方舟」に何を期待するか。そうだな…方舟を作る時の建築的、あるいは箱庭的な面白さとか、あるいは(おそらく多くの人が期待するであろうように)大洪水に浮かぶ方舟を描くスペクタクルなCGとかね。
 
 主題から言って、宗教的な要素はもちろん入ってくるだろうけれど、それはまあガマンしようと、そう思って観に行ったわけだ。実際、99年のTV映画『ノアの方舟』は見られない映画じゃなかった(「誰も映画化できなかった」なんて真っ赤なウソだよね)。
 
 …と、ここまで書いて来れば分かると思うけれど、この映画はそういう人にとっては見られたもんじゃない。スペクタクルなCG? そんなもんはない(ことはないけど、ほとんどない)。象徴主義的というかサイケデリック的というか…なんて言うんだあれ…まあいいや、そんな映像ばかりが目立つ。
 
 なにより映画としては世界観が透徹されていないのが致命的。どこの時代のどこの場所なんだここは。なんだこの『ロード・オブ・ザ・リング』もどきは。そこへいくと、ピーター・ジャクソンって、やっぱり偉大な監督なんだな…と改めて実感したわけだ。
 
 それから、建築的な要素? そんなもんもない。パンっと画面が切り替わったらもう方舟が出来ていた。そもそも、邦題がミスリードなんで、原題はただの「Noah(ノア)」なんだよね。つまり、方舟じゃなくて、ノアに焦点を合わせた作品なわけだ。
 
 このノアがまったく役に立たないんだ、これが。この映画を通していったいノアは何をしたかって…まあ良いや。そのうえ、まったく感情移入できないんだ、このノア(…と言うより、おそるべきことに…ハーマイオニーのエマ・ワトソン含めて…すべての登場人物にまるで魅力がない)。
 
 新しいノア像の提示? 監督/脚本家の聖書解釈? はたまた文学的効果? そんなもんは知ったことか。いずれにせよ、まったく上手くいっていない(ああ、旧約聖書の講義はボクには結構)。
 
 洪水に流される方に同情させてしまっては「方舟映画」としては失敗だろう。だって、そうなると必然的に、他の人びとを助けなかったノアを「悪人」として描かざるを得なくなり、結局、じゃあなんでノアだけ助かったのか…という問題に循環してしまうから。
 
 この映画は、まさにその問題に陥っている。その問題を処理しているように見せてはいるけれど、そんなものは自分でこしらえた問題に自分で答えているだけに過ぎない(だからそれは「方舟」でやるべきテーマじゃなかったということだ)。
 
 この映画が「深い」なんてボクにはまったく思えない。逆に「不快」でしかないし、不愉快でしかない。愛をどうこう言っている映画でボクに植え付けられたのは、単にムカつきだけだった。そもそも、翻訳が戸田さんって時点でイヤな予感がしたんだ。
 
☆☆(2.0)