ポンペイ(2.0) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
『ポンペイ』
POMPEII
 
2014年アメリカ、105分
 
監督:ポール・W・S・アンダーソン
 
主演:キット・ハリントン
 
概要
 『バイオハザード』シリーズなどのヒットメーカー、ポール・W・S・アンダーソン監督がメガホンを取って放つ歴史アクション大作。『サイレントヒル:リベレーション3D』などのキット・ハリントンを主演に迎え、火山の噴火で埋没した街ポンペイを舞台に、愛する人に全てをささげる主人公の奮闘を描く。ヒロインを『エンジェル ウォーズ』などのエミリー・ブラウニングが好演。一瞬で全てを奪い尽くす自然災害に、果敢に挑む青年の勇気と行動力に胸が詰まる。(Yahoo!映画より)
 
感想
 ポンペイが人々を惹きつけるのはなぜだろうか?
 
 その歴史的な重要性? maybe...
 
 そこに物語があったから? maybe...
 
 ボクは、それは、そこにありのままの当時の生活が密封されているからだと思う。その当時の生の姿が色鮮やかに残されているから、ボクらは心を打たれるんだ。
 
 この映画は果たして、「ポンペイ」の名に相応しいのだろうか。
 
(以下、ネタバレ)
 
 どこかで見たような「プリンセス」と「奴隷」の恋愛物語。それは、ポンペイどころか、20世紀のアメリカ的感性をボクに思い起こさせる。かように色褪せた現代的感性でポンペイを描こうとする無神経なセンスの持ち主に、なにを言えるだろう。
 
 この無神経さは、たとえば主人公の設定にも現れる。「ケルト」と呼ばれる主人公。『ケルトの白馬』という物語もあるように、当時のブリタニアにはイケニ族という(おそらくケルト系)騎馬部族が居た訳だから、この主人公が騎乗技術に長けているというのは別に構わない。
 
 だけど、それが極めて優れたグラディエーター(剣闘士)になる、というのはボクにはすごく違和感がある(可能性が0ではないかも知れないけれど、必然性がない)。だって、騎馬民族というのは常日頃から馬で移動するから、騎乗技術に長けている一方、自らの足は萎えている筈だからだ。
(たとえば、騎馬民族の子なのに、なぜか馬に乗れなくて、彼だけはいつも徒歩だったから優れた剣闘士になり得た…とかの方がよっぽど納得ができる)
 
 ケルト=騎馬、ローマ=剣闘士という固定観念に縛られているイギリス出身の監督とアメリカ出身の脚本家が、「ローマと言えば剣闘士でしょ」という浅はかな考えで、なんの躊躇もなく両者を結びつけてしまった。その時点で、この映画の程度は推して知るべしなんだろう。
 
 この映画はウソにまみれている。街のCGもテカテカで、どこかウソっぽい。ベスピオ火山の噴火で街が呑み込まれる(クライマックス)シーンも、演出過多でウソっぽい。
 
 大体、あんな状況でなんでまだ殺し合いをしてるんだ。なんでもない日常が突如として崩壊したところにポンペイの悲劇性はあるんで、もう今にも殺されそうなヤツが巻き込まれたって、その悲劇性が薄まってしまうだけだろう。
 
(ネタバレ終わり)
 
 主人公にもヒロインにもまるで魅力はないし、敵役もステレオタイプでつまらない。もう、おそろしいほどに退屈な映画。いつだかの『2012』もそうだったけれど、おバカに巨大な予算を与えるとこうなってしまうという典型的な作品。
 
 この映画にはポンペイの真実は1ミリも存在しない。
 
☆☆(2.0)