今回は、かなり批判的な記事なので2つの記事をひとつにまとめちゃいます。
ともに事件前から書き進めていたものですが、ひとつは事件前に書き上げたもの(2)、またひとつは事件後に書き上げたものです(1)。片方は内部に対しての批判(2)、片方は外部に対する批判(1)になっています。
(1)の方は、当初、ボクが事件直前にツイートしていた記事に対して書いていたもので、その後かなり文脈が変わってしまったので、全面的に書き直しました。(2)の方、事件前に書き上げたものは、完全に時期を逸した感がありますが、今から見ると考えさせられるところもあるので、そのまま掲載します。
まあ、いつも通り吠えてるだけなんで…これも、ある意味では通常営業かな(^_^;)>
1.『尊厳』
AKBに入りたくて全国から応募してくる若い子供のような女の子達はそこを理解してるのかしら。キチンと主催者側は説明しているのかしら? おそらく彼女たちは理解してないし、主催者側も説明なんかしてないわね。
それが端的に表れているのが、AKB48の恋愛禁止というルールだと思います。それが当然のことだとタレントも思い込んでいるようですが、間違っているのではないでしょうか。
AKBは6月7日に最大行事である総選挙を控え、現在は投票の真っ最中。しかし、投票とはいえ「カネで買える投票権」だ。大人がいたいけな少女たちをアイドルという夢で釣り、暴漢の犠牲にした責任は重すぎる。
彼女らには何の責任もない。しかし華やかなスポットライトを浴びて立つステージは、大人が作った危ない橋の上に置かれていたことに、今回の事件で感づいたメンバーもいるのではないかと、想像するのである。
彼らはいつも同じような顔をして、いかにも親切そうに、こう言う。
「君たちは騙されているんだ」と。
これほど人の尊厳を軽んじた言葉はないとボクは思う。この言葉のうちに了解されているものは次の一点に絞られる。すなわち、自分は君たちより分かってるんだ、自分の言うことは君たちが言うことより正義なんだと。
だからこそ、(メンバーのなかには大人も居れば、明確かつ強い意志をもっている子も居るということから目を背けて)彼らはいつも、彼女たちを幼気(いたいけ)で「無知な少女」に仕立てあげようとするのだ。そんなものは、自らが相手より優位に立とうとする行為に過ぎず、彼女たちに対するただの侮辱以外の何ものでもない、ということにも気づかずに。
優越感に支配された彼らは、彼女たちの言葉が自分の意に沿うものでなければ気に入らないのだ。だから、彼らはいつも耳を閉ざし、勝手に彼女たちの心の中を推測してこう言うのだ。「おそらく」と。
こういう人間に限って、まったく彼女たちのことを知ろうとしない。彼女たちのことを理解しようとしない。彼女たちの言葉にちゃんと耳を傾けようとしない。彼女たちが確たる意志を持った一個の人間だと認めようとしない。彼女たちのことを真に思っているのではなく、自分勝手な正義を押し付けようとしているだけなんだから当たり前だ。
ゆえにこそ、彼らは、彼女たちの尊厳を無視するような発言ができるのだ。ゆえにこそ、彼らは、独善的な正義がこれまでに何を生み出してきたかも分からないような、そんな発言が出来るのだ。
しかるに、彼らの正義のグラウンド(根拠)が「法」(コモンセンスに裏打ちされたもの)によるのでないなら、その正義のグラウンドは一体どこから来るんだ。誰も、「法」以外を根拠にして、他人に何かを強制してはならない*1(コメ欄)。家族以外の誰も、「法」以外を根拠にして、彼女たちが自ら決めた道を阻んではならないのだ。
だから、そうする時(彼女たちの道を阻もうとする時)、彼らはいつも、自らを正当化するために、こう言うのだ。「洗脳されている」と、「思い込まされている」と。しかし、そのレベルで(洗脳を)語るのならば、ボクらはみな多かれ少なかれ洗脳されているんだ。自らが生まれ育ち、そして/あるいは今現在かこまれている文化や環境から切り離されて生きている人間なんていやしない。みながみな偏見のなかで(偏見を持って)生きている。
だからこそ、お互いの違いを(文化の違いを)、ちゃんと尊重して生きていかなければならないんだ。だからこそ、ちゃんと耳を傾けなければならないんだ。彼女たち自身の言葉に。彼女たちが必死で絞り出してきた言葉に。その人の言葉を軽んじるということは、その言葉を発した人の尊厳を軽んじるということに他ならないのだ。
ボクは、今回の件で辞めてしまう子が居ても、それは仕方がないと思っている。それを止める権利はボクらにはない。明らかにショックを受けている子の言葉にも、ちゃんと向き合わなければならない。実際、みゃおのように前向きになれない言葉を語る子もいる。それを否定する権利も、前向きになることを強制する権利も、ボクにはない。
だけど、いや、だからこそ、自らの意志で留まることを、前向きになることを選択した子の意志だって、ちゃんと尊重されなければならないんだ。こっちの独りよがりな都合や思い入れで、あれこれと言葉を捻じ曲げてはいけないんだ(だからこそ、労組が必要だとボクは言っているのだ)。
「騙されている」とか「間違っている」とか「分かってない」とか言い切って片付けてしまうのなんて、簡単なんだ。だけど、それは結局、彼女たちを理解しようとせずに目を背けているだけに過ぎない。何かを言いたいならば、ちゃんと目を見開け。彼女たちの言葉に耳を傾けろ。
注:以下は一週間前に書いた記事なので、口調が違います。
2.『AKB村』
AKBは「AKB村」と称されることがあります。単純に言うと、その中だけの論理で動いているということですね。まあ、大抵の場合、(「原子力村」同様)否定的な意味で使われる言葉ですが、都合が良いのでこの言葉を使ってしまいましょう。
AKB村に住んでいるのは、村政を担当する運営と、村の職員であるメンバー、さらに住民であるボクらファンです。
ドラフト制、大組閣、大人AKB。近頃の動きを見ていると、AKB村運営は「メディアに対する仕掛け」を重視しているように見えます。メディアの向こうに居るのは、その多くが「村の外」に居る一般国民ですから、これは言わば、AKB村による観光誘致戦略と捉えても良いでしょう。
その一方で、大々的に告知された新公演は、ファンやメンバーが待望しているにも関わらず、始まる気配すらありません。
これが意味するところは、たったひとつでしょう。今のAKB村運営は、観光客を誘致することにのみ重点を置いており、村内に住んでいる人々…住民や職員の幸福度にはあまり興味がないということです。
ドラフト生だって、別に研究生として取れば何にも問題は生じなかったわけで、あれも単なるメディア戦略に過ぎませんでした。その結果、村内では至るところにひずみができた。外部への仕掛けが、ファンやメンバーよりも優先されたという何よりの例です。
各種指標は落ち続けているのに、投票数は右肩上がりになっているAKB、これが意味するところは、もはや一般層は興味を失っているのに、村内の熱量だけで支えていると説明されることがあります。
こうした状況において、観光客を誘致する戦略は、一見、正しいように見えます。
しかし、こうした観光誘致戦略は愚かなものだとボクには思えます。これはボクが住民だから…ボクらがおろそかにされたから…と言うわけではありません。
そもそも、AKB村に観光誘致をする場合、その目玉となるものはなんでしょうか。言い換えれば、最大の観光資源はなんなのだ、ということですが。
たとえば、ローマのコロセウムやカイロのピラミッドのように、劇場そのものになにか価値があって、それだけで観光客を呼べるのならば、別に住民…村民や村の職員を考慮する必要は(あまり)ないわけです。
しかし、AKB村の場合、その最大の資源はなんですか。それは村の職員であり、その職員や、そこに住む村民たちが築き上げてきた文化なのではないですか。これこそが、AKB村が誇るべきものではないのですか。
この村の職員や、その文化に惹かれる人たちが、この土地にやってきて、そして住み着いてしまう。それがAKB村をここまで大きくしてきた原理だったのではないですか。
いまや状況は変わりました。村内の充実を図り住民誘致をする戦略よりも、外に向けてアピールし観光誘致を図る戦略に転換したかに見えるAKB村運営。しかし、それは最大の観光資源たる村内の文化を破壊しているという点において愚かなのです。
大人AKBのどこが「ガチ」なんですか。勝手に予想倍率を出してそれを基準に競わせるペナントレースの一体どこが「競争」なのですか。研究生も経ないで正規メンバーになるドラフト制度のどこが「平等」なんですか。大体、「育成メンバー」って話はどこへ行ったのですか(その場しのぎで次から次へと平気で嘘をつく)。
観光資源を破壊して観光客を呼ぼうとする。たとえば、ピラミッドの石をバラ売りして観光客を呼ぼうとしているようなもので、これを愚かだと言わずして何と呼ぶでしょう。
今では、ボクはこの村に、この村の村政に失望しか覚えません。端から同床異夢だったのか、それとも内部で何らかの情勢変化があったのか。
問題は、誰がどのような責任においてグループの方向性や指針を決定しているのか、まるで見えないということです。これでは民主政治とは言えません。まあ、そもそも民主化する積もりなんざないのかも知れませんが。
AKB選抜総選挙たって、村の方針がすでに(勝手に)決められている中での選挙に、どれだけの意味があるんだ…というのがボクの実感です。もちろん、メンバー自身には大きな意味があるでしょうし、だからこそボクらは投票するわけですけどね。
もうひとつ上の段階に行くには、グループそのものを民主化せねばならん。これはボクの信念です。民主化というボクらの理念に共鳴してくれそうな人も、運営の中には居そうですが、それが誰なのか分からなければ、誰を支持して良いものだか分かりません。
それをハッキリさせるためには、運営の選挙をやれば良いわけです。信任投票ではなく、選挙です。選挙ならば、各々が公約を掲げて戦うから、誰がどういう考えで動いているか分かりますからね。
しかし、そもそも運営の選挙を行うということ自体が、こちらサイドの考えなわけで、現状ではその見込みは少ないでしょう。そして今日も、AKB村は密室で決められた政治によって動いていくのです。
密室政治が利権にまみれて腐敗していくというのは、古今東西の歴史が証明しています。