ボクは決して忘れない。
1989年、宮崎事件。マスコミは犯人の宮崎を漫画/アニメ(特に猟奇系とロリコン系)オタクと決めつけて、そうした人々を、彼らの趣味を排除しようとした(じつはこの時も朝日が一枚かんでる↓)。
しかし、数千本という膨大な彼のビデオ「コレクション」のうち、そうしたものが実はほんの一部に過ぎなかった、ということは当時ほとんど報道されなかった。6000本の全てを再生した検分調書を通読した大塚英志は、
宮崎勤の「収集物」は店頭の棚であり、そこにはコレクションの「意味」なり、コレクターの「意図」といった類のものが一切、欠落している。(『おたくの精神史』p.202-203)
と指摘している。
2008年、秋葉原通り魔事件。ここでもまた一部のマスコミは、場所と犯人を結び付け、犯行の原因を暴力的なゲームに求めた。だけど、それもまた嘘っぱちだった。
(余談だけど、犯人の自殺した弟に関する優れたルポが先日出されていた。マスコミのなかにも、しっかりした人はいる。一応。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39034)
そして、今回。早い段階から、母親が「ファンではない」と明言し、部屋にもCDやポスターはなかったと言っているのに、犯人自身が、「誰でも良かった」と言っているのに、一部のマスコミは、なぜだか犯人を熱狂的なヲタに仕立て上げようとした。
もっとも酷かったのはテレビ朝日の報道ステーションで、彼らは、事件とはまるで無関係な大量購入者(それも握手会ではなく選挙用)を特集し、いかにもヲタが異常者であるかのように見せようとした。
あまつさえ、今回の事件はエスカレートしたヲタが犯したという(完全に間違った)前提のもとに、そうしたヲタを作り出したAKB(AKB商法)が悪いんだというような記事さえ見られた↓(上のルポと同じ「現代」なのに、エライ違いだ)
日刊ゲンダイ
AKBは6月7日に最大行事である総選挙を控え、現在は投票の真っ最中。しかし、投票とはいえ「カネで買える投票権」だ。大人がいたいけな少女たちをアイドルという夢で釣り、暴漢の犠牲にした責任は重すぎる。
Wikiに記載されているような著名人も、これを好機とばかりに、twitterやブログで言いたい放題に書いていた。
ヲタ向けビジネスも、世間を無駄に騒がせて不安にさせるような事件を起こさなければ、大概においては許容されます。ただし、それこそ秋葉原通り魔事件のような犯行が、多くの人の便益になっていた歩行者天国をそれなりに長い期間中止に追い込んだように、AKBに何の興味もない人たちの嫌悪感や不安感を引き立てるような社会の中の対立にならないよう願うばかりです。
今後、ファンとの交流は他の客がおらず人目につかないmixiのコミュニティやセカンドライフに限定するなど、抜本的な対策を採っていただきたく、関係者一同の穏便な解決と模倣犯発生の防止を求める次第であります。
AKB48襲撃事件の件、「彼女たちの心のケアを」って論があって、そりゃ正論だけど、こういう風に何か起こったあとに言うなよ。君たちキモオタのために、普段から嫌な気分しているのじゃないかとか考えないのかね。まあ、彼女たちはそれが仕事なんだけどな。
まあ、AKB48ファンって、理解不能だわ。生きがい他に見つけろよ。恋するフォーチュンクッキーは踊ってやったがな
ボクは忘れない。大切な大切な子たちを殺されかけて、みんなが不安と心配に苛まれ、悲しみに暮れて身を寄せ合っている時に、火事場泥棒のようにして攻撃してきた連中のことを…。決して忘れはしない。
そんな風に、ボクがダークサイドに落ちかかっていた時、救ってくれたのは、「(いつも通りが)ありがたいです、本当に」とラジオで言っていたれなひょんと、そしてマブリットキバさんの投稿だった。
マブリットさんは、被災地の岩手県山田町をずっと支援してこられた方で、AKBの被災地支援プロジェクト(「誰かのために」プロジェクト)でも、いつもお世話になっている方。あとは、この投稿がすべてを語ってくれる。
なにが正しいとか、これが正しいとか、そういうこと以前に、人間として、この投稿を読んで何も感じない人ならば、ボクはもう何も語ることはない。
ボクはもう忘れない。何が大事なのか。ボクは何を守るべきなのか。
マブリットキバ
一般公開で共有しました - 昨日 23:32
夜になってようやく報道関係からの連絡がやんだ正直、連絡してきた報道の姿勢とやり方には落胆したしかし、その最後に震災報道では見なかった新しい面を見たなので少々思うところがある記事になるがその新しい一面を忘れない為に書き残したい事件のあった日から、今日の夕方まで報道各社の取材の申し入れや連絡は凄かった。お構いなしに着信が鳴る現場の状況を語ってくれだの、事件を目撃した人を紹介してくれだの、訪問したメンバーさんが襲われたことについてコメントをだのこども達に事件のコメントをとってくれだの、甚だ呆れるばかりだ中でも、3年間誰かのためにプロジェクトや訪問でお世話になった岩手の報道機関の一斉の手のひら返しの報道姿勢には落胆した。普段は「いつも訪問してくれてありがとう」などとインタビューをしながらいざ事件が起きると詳細もわからない人間の言葉をそのまま流し確証も無い情報ばかりを我先に入手しようと走り回る「血を流した場面はみましたか?」「誰かショックを受けた人を紹介してほしい」そのためにこども達や町の方々まで連絡し根掘り葉掘りしようとする以前、同じ県内の報道関係者の方に面と向かってこういわれたときがある。「ジオラマは素晴らしいが報道の価値は無いし、しようとは思わないなぜなら、山田町は悪質なNPO問題のイメージがあるので話しにならないそういうイメージがあるので取材も報道もするわけにはいかないんです」それが事件が起きると一斉に手のひら返しで取材の攻勢だ震災のときと同じ、真実などお構いなし。台本ありきの取材方針自分たちの記事を裏付けるコメントやインタビューがあるまでやめない最初から「こういうことだろう」というメディアの報道姿勢は決まっているここまでは良くあるメディアの姿勢だこれだけならオレも書き残しておきたいとは思わなかったここからは震災では見れなかった新しい面だオレは町の方にも当然、報道関係から連絡が行っているだろうと思った町の方やこども達にも躊躇無く取材を入れているだろうと不安だったそれがこども達や町の人の不安を拡大させるのではと心配だっただが町の方々から「取材は全て丁寧にお断りしました」との連絡があった町の方々は全員で今回の取材の趣旨はメンバーさんの為にならないと判断して全ての取材を断っていたのですよと聞かされ、驚いたそれ以外にも町や被災地訪問があった場所の方々から事件が県内で起きたことへの謝罪と励ましの連絡を頂いたメンバーさんやスタッフの方、ショックを受けたファンの方々に「大変でしょう、とてもやりきれない。心中をお察しするばかりです」「安全は構築するとして、楽しいことは同一視せず自粛しないでほしい」と労わる言葉もたくさんいただいた。仮設にすんでいる方々からだ被災地の方々や町の方々、親御さんもこども達も混乱に乗じないこと、マイナスイメージに繋がることはお世話になったメンバーさんやファンの方に対する姿勢ではないと心を合わせ、一切の報道取材を断ったとする報告には頭が下がったなぜこんなに連携が取れたのか、そう決断できたのだろうと思った震災の時の報道ではこんなことは無かった、不思議だった以前、運営のスタッフさんやメンバーの皆さんから聞いた言葉がある「一日の訪問で本当に力になっているのかと言われれば難しい被災地に来て勇気付けるつもりがいつも勇気付けられるどうしたら本当の力になれるのか、悩みながらでも続けます」オレはそれにハッキリと答えることができなかったしかし今、それにようやく自信を持って答えることができる本当に現地の人々に勇気を与え力になっていたんだと信頼を得て、メンバーの皆さんやスタッフの皆さんファンの皆さんは被災地の方々に愛されていたのだとわかった「今度はわたし達がメンバーを守る番ですね!」と町の方々は言った泣いた。メンバーの皆さんはいつも言う「わたしなんかで力になっているんでしょうか」と力になっている。希望になっているんだと伝えたい続けてきた誰かのためにプロジェクトというものは汗と涙は無駄ではなかった、答えにたどり着いていたんだファンの方々は遠くからジオラマを見にやってくる遠くは2000キロから県内の方々までみんなが少しでも被災地の役に立とう、いっぱい食べよういっぱい笑おうと遠い沿岸の被災地までやってきてくれるのだその努力と誠意、優しさは一つになって町の人々や訪問した場所の人々の気持ちを動かした震災のときには無かった新しい何かが生まれていたのだオレは前に立っていたので、それに気づかなかっただけだったこども達から連絡があった。親を震災で亡くした子からだ「キバさん、ジオラマをつくろう!わたしたちはとまっちゃダメ!」そうだ、未来があるんだ。きっと先には希望が待っているんだ
(この投稿は↓のあんにんの投稿に共有して投稿された)
最初に 入山杏奈 さんが共有:
東日本大震災からもうすぐ3年が経とうとしています。今日は岩手県陸前高田市と大船渡市を訪問しました。この3年の間にわたし自身何度か被災地に足を運んでいますが、目に見えて復興が進んでいくという状況にはなかなかならず、こうしてライブをおこなったり一緒になにかをするということしかできない現状に、なんだかもどかしさを感じていました。いまだに仮設住宅で暮らしている人がいて、両親と別れて暮らさなければならない子もいる。他にもなにかできるんじゃないか、そんなことを考えたりもします。でも、AKBが来たって喜んでくれたり、一緒に踊ってくれたり、そんな姿をみると、ああ少しでも力になれてるのかなと感じます。笑顔ってすごいパワーを持ってると思います。みんなに楽しんでもらいたい。そう思って活動しているわたしたちの姿を見て、笑顔になってくれるみんなをみると、さらにわたしたちも笑顔になれる。温かい気持ちになります。わたしたちの力は微力だとは思います。でも、どんなに僅かでも力になれるのなら、これからもこの活動を続けていきたいと思います。みんなの記憶から薄れていかないように、少しでも早い復興を目指して。風化させない、伝えていく。出来る限りの支援活動にこれからも取り組んでいきたいと思います。