川内倫子×テリ・ワイフェンバック 「Gift」展 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


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 今年、六本木に新しくオープンしたIMAのギャラリー。

 六本木と言っても、六本木ヒルズがあるようなオフィス街ではなく、繁華街のただ中にある。道を歩いてると、蒸した枝豆だかなんだかその辺のよく分からない匂いが道傍に漂っていた。

 ギャラリーってのは、なんだか入り辛くて、ボクはあまり好きじゃない。とは言え、IMAのギャラリーが入っている「IMA CONCEPT STORE」には、ブックショップとカフェも併設されており、他のギャラリーに比べればよほど入りやすい。お店感覚で入っていける。

 入り口を抜けると、手前に写真集が並べられているブックスペース。向かって左奥がカフェ、右奥がギャラリースペースになっている。ボサノヴァ風(?)の音楽が流れていて、いかにも「雰囲気が良さげ」な店内だ。

 だけど、そのいかにも良さげな雰囲気が、ボクには苦痛なんだよな…そんなことを考えながら、しばし写真集を物色する(フリをする)。そして、いよいよギャラリースペースへ。お目当ては、「川内倫子×テリ・ワイフェンバック展」。

 2人の往復書簡によって構成された写真展。世代も国籍も住む土地も違う2人の写真家が響き合う。モチーフや自然に対する眼差し、ポエジーなど両者に共通しているところはあるけれど、また同時に違いもあって、その共通点と差異が単純ではないメロディを奏でている。

 ワイフェンバックのそれは(川内倫子のそれに比べれば)あくまでもヴィヴィットでソリッドでノスタルジックだ。

 それに対して、川内倫子のそれは消え入りそうなほどに淡い表現。たったひとつのカーテンの隙間や、フレア、ハレーションの光だけで、淡い色彩に滲むその虹色だけで、画を成立させてしまう。その光はまた、事物そのものを融かしてしまう。ただ、完全に融かしてしまうのではなく、ギリギリのところで対象を構築している。ポエジーはそうして生じる。

 「詩的、あるいは創造的直観によって芸術家は(…)自然の中で、物の現実性が彼の感情や主観性のなかで響くのに従って、この現実性をつかむ」と述べたのはフランスの哲学者ジャック・マリタンだ。彼はこの詩的直観こそが、芸術家の根本にある経験だと考えた(したがって、彼は非具象絵画を認めなかった)。これは、今期ボクが「お勉強」したこと。

 ポエジーによってボクらは、対象そのものから写真家の眼差しへと還っていく。川内倫子の特異性は、その淡い表現のなかに、奇妙に生命の輝きを感じさせるところだ。生命の最後の輝き、この世界を去る前に、最期に見た風景。まるでそんな印象がある。