LIFE!(4.5) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
「LIFE!」
THE SECRET LIFE OF WALTER MITTY
 
2013年アメリカ、114分
 
監督/主演:ベン・スティラー
 
概要
 凡庸で空想癖のある主人公が未知なる土地への旅を経て変化していくさまを、ベン・スティラー監督・主演で描くヒューマンドラマ。夢を諦め、写真雑誌の写真管理部で働く地味な中年男性が、ひょんなことからニューヨークをたち世界中を巡る旅を繰り広げる様子をファンタジックに映し出す。物語の鍵を握るカメラマン役で『ミルク』などのショーン・ペン、主人公の母親役で『愛と追憶の日々』などのシャーリー・マクレーンが共演。壮大なビジュアルや、主人公のたどる奇跡のような旅と人生に目頭が熱くなる。(Yahoo!映画より)
 
感想
 LIFEと聞いて何を思い浮かべるだろう。その答えが、おそらくこの映画をどう見るか、という問題につながっている。LIFE…そう、もちろんボクにとってはあの写真誌『LIFE』だ。『LIFE』の写真はボクの憧れだった。手元には1977年出版の「ライフ写真の技術」が置いてあるし、iPadには「LIFE Guide to Digital Photography」のアプリが入っている。
 
 LIFEは『LIFE』であって、LIFE―日本語の人生―ではない。だけど、やっぱりそのふたつは切り離せないのだ…ということを、最近よく考える。写真は人生と切り離せないのだと。いくら「技術」を身に着けようとも、そこに居なければその写真は撮れないのだから。
 
 たとえば、増山たづ子が撮った写真には、彼女の人生そのものが写し出されている。母の古い友人は、数十年間インドで暮らし、人と交流するなかで写真を撮った。ボクの仲間は、この春から日本縦断の旅に出るそうだ。そこで出会う様々な人々と経験。その人の人生―LIFE―そのものが写し出されている写真。
 
 そういう写真は、ボクには決して撮ることができない。良い写真を撮るには良い経験をするしかない。そんな簡単なこともボクには分からないんだ。ボクはつねにオルタナティブなもので妥協してしまう。Google Street Viewに家庭用プラネタリウム(この映画を観ている時も、アイスランドの光景に、ボクは「あ…Google Street Viewっぽいな」とか思ってしまったくらいだ)。
 
 だから、『LIFE』はLIFEで、この映画は人生賛歌なんだ。それが言わんとしていることを、ボクは頭では分かっている「積もり」だ。ゆりありょうはに、「色んなものを見て、色んな経験をして欲しい」と書く時のボクはきっと、この映画が言わんとしているようなことを言っている筈なんだ。
 
 だけど、なぜだか自分自身に対してはそう思うことができない。それは何故なんだろう。もちろん、ボクがアマノジャクだってのはあるのだろうけれど、いちばんはきっと、ボクの人生―LIFE―最良の時はもう過ぎ去ってしまったから、もうあれ以上の写真は撮れないと分かってしまっているから…
 
 …っと、ボクはなぜこんな暗い話をしているんだ…?
 
 いまのナシ。いまのナシであらためて(取り返しがつくのもLIFEなら、取り返しがつかないのもLIFEだ)。
 
 映画そのものは、ちと小粋でコミカルで、気楽に見られる「ヒューマンドラマ」だ。空想がちな主人公が、現実から1歩を踏み出すことで、空想との距離を縮めていく物語。だけど、その間のメリハリがあまりなくて、意外とスーッと入って行ってしまう。だから、見ているこちらの感情の動きもそれほど激しくならず、感動巨編って感じもしない。
 
 映像は美しいけれど、それでドカンと畳みかけてくるわけでもない。「旅」の描写も驚くほどあっさりしている。もしかしたら、「LIFE」という言葉を聞いて何かを感じる人(いや、それは単に知識の問題か…そうではなくて、あの『LIFE』の写真を見て何かを感じたことのある人ということね)以外には、これはありきたりの人生賛歌の映画に過ぎないのかも知れない(だから、あの日本版の予告編はきっと失敗だ)。
 
 もちろん、それでも感情移入することは(だれにでも)出来るだろうけれどね。LIFEは『LIFE』で、『LIFE』はLIFEなのだから…。
 
☆☆☆☆★(4.5)
 

 
映画『LIFE!』予告編