『必死剣 鳥刺し』
2010年日本、114分
監督:平山秀幸
主演:豊川悦司
概要
藤沢周平の時代小説「隠し剣」シリーズの中でも、現代に通じる傑作と名高い「必死剣鳥刺し」を『しゃべれども しゃべれども』の平山秀幸が映画化。剣豪であるがゆえに、過酷な運命に翻弄(ほんろう)されていく武士の心情が描かれていく。悲運の剣豪・兼見三左ェ門を演じるのは豊川悦司。三左ェ門の亡き妻のめいでありながら、彼にひそかな思いを抱く女性・里尾を池脇千鶴が演じる。観る者の心を揺さぶるし烈なクライマックスまで、目が離せない。(Yahoo!映画より)
感想
雰囲気の良さというのは、どこからやってくるのだろう。
もちろん、藤沢周平作品そのものが持つ雰囲気の良さというのはある。山田洋次監督によって映像として現されたいくつかは、代表的な日本的感性のひとつにさえなった。ただ、すべての藤沢作品がそうした雰囲気を持ち得るわけじゃない。『真夏のオリオン』の篠原監督による2作品(『山桜』『小川の辺』)は、ボクには耐え難かった。
(『ATARU』を褒めてたりするように、ボクは別にアンチ・ジャニーズってわけじゃないんだけれど、山田洋次監督作では『武士の一分』もイマイチだったし、藤沢作品とジャニーズの相性が悪いんじゃないかって気もする…まあ、それはともかく)
『必死剣 鳥刺し』は、藤沢作品のなかでは、かなり「重い」作品だ。それに応じて、この映画自体もかなり「ざらざら」とした作りになっている。山田作品のような洗練さとは程遠い。生々しいラブシーン(!)はギョッとしたし、まるで赤絵具のような「血糊」を用いた最後の立ち回りは、まるで深作映画のようで、それまでの静かな流れを断ち切ってしまっていた。一歩、間違えたら全てを壊しかねない、そんな危うさを感じた。
ただ…この作品はこれはこれで良いんじゃないかって気もする。非常に古典的な画作りで、流行りのデジタル・エフェクトを用いない明瞭な映像はそれ自体、妙に「ざらざら」している。(「血糊」同様)昔ながらの「雨」の降らせ方や、(とくに室内での)照明の強さもまた、「物」そのものの「ざらざら」とした生々しさを強調している。
だけど、こうして映し出された自然や建物の「ざらざら」とした生々しさは、映像に確固たる現実感/存在感(あるいは「アウラ」)を与えている。ああ…江戸期の木々や植生は、ボクらの日常の光景と繋がっているんだ…ってことを感じたりもした(もちろんここに映し出されているのは現代のものなんだけれど)。
この「ざらざら」とした感覚は、物語の筋にも現れている。主の側室を刺した三左ェ門の想い。衝撃的な冒頭の場面からずっと底流に流れている悲しみは、静けさのなかに、静かな感情のなかに「さざ波」を立てる。それもまた映像の「ざらざら」とした感覚に通じている。その「ざらざら」とした感覚は、最後の立ち回りで一気に表面に湧き出てくる。
先述したように、この最後の立ち回りは、映画全体を壊してしまう恐れがあったわけだけれど、この立ち回りには、なにか理屈を越えて惹き込まれてしまうものがある。それはきっと、この「ざらざら」とした感覚がずっとこの作品を貫いていたからだろう。
目新しいことはしていないし、なにか特別な映像センスがあるわけでもないけれど、なぜか奇妙に惹かれるところがある。何気なく映し出された自然に心奪われてしまうような、そんな力を持っている作品。音楽の使い方も秀逸。全体として、なんとなく90年代の邦画を連想させる。
☆☆☆☆(4.0)