「RENA RENA BABY」 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


「RENA RENA BABY」


1.玲奈

 前から思っていたことがある。ボクは…なぜだか妙に、玲奈に対してキビシイ。

 それは多分理由があって…同類相哀れむ…ってのとは違うな(全然違うなそれは)…可愛さ余って憎さ100倍ってのとも少し違う…同族嫌悪ってんでもないな…

 なにか、玲奈とは通じる部分があるように思えてしまう。もちろん、天下の玲奈さま(神7さま)とボクとは、ある意味では「全く似ていない」んだけど、SKEヲタならボクが言っていることが少し分かるかも知れない。玲奈はその言動から「こっち側(ヲタ側)」の人間と呼ばれることがある。

 たぶん、それはもっと根本的な問題と結び付いている。それは、「玲奈なら分かってくれる」という感覚の問題だ。ボクはアイドルに対して恋愛感情を抱くことはない。彼女たちがどれだけ良い子でも、ボクを理解できるとは思わない。きょんだって茉夏だって、なんなん、梅ちゃん、実絵子さんでさえ。

 でも…玲奈は…玲奈だけは何だか「理解してくれそう」な気がしてしまうんだ。だからこそ、ボクは「玲奈にだけは」分かって欲しいというような言い方をすることがある。玲奈なら分かる筈、というよりむしろ「玲奈は(これくらいのこと)分かってよね」という感覚がボクにはある(だからボクは玲奈に対してキビシイ)。


2.アイドルの問題と恋愛の問題

 そして、ボクが好きになる子はいつだって、そういうタイプの子だった。そういう子にはたぶん、もうひとつ共通点があって、それは、表面上はいくら清楚でピュアに見えても、どこかに影があるということ。その影にこそ、ボクは惹かれてしまう。

 だから、この問題は、もうひとつ別の問題を引き込む。それは、この感覚(玲奈なら分かってくれる)は玲奈個人の「理解力」によるもの、つまり玲奈は誰をも理解できてしまう(からボクのことも理解できると思える)のか、それとも「相性」によるもの、言い換えればボクが玲奈に近いものを持っている(からボクを理解してもらえる気がする)のか…という問題だ。

 前者は、アイドルの問題であるのに対して、後者は恋愛の問題だ。なぜならば、アイドルはすべての人のアイドルであり、恋人はただひとりの恋人だからだ。そして…玲奈は、紛れもなくアイドルなんだ。ボクは、そのことを(おそらく)誰よりもよく分かっている。

2-1.相性

 だから、玲奈が同じ趣味を持っていること(たとえばキャラメルボックス好きとか)が分かるたび、ボクは、とても沈鬱な気分になる。それは、相性の問題を引き込んでしまうから。それは、ボクの中で、少しづつ玲奈がアイドルから恋愛対象へと移行していくことを意味してしまう。

 でも、玲奈がアイドルであるという事実そのものはどうやったって動かないわけで、ボクはそれを良く分かっているわけで、だからその感情はどう考えても不毛なわけで(ボクはむしろそれを望まないわけで)、そのことが、そうした感情を予感してしまうことが、ボクをとてつもなく沈鬱な気持ちにさせる。

2-2.カン

 その一方、「玲奈は誰のことをも理解できるんだ」って思っても、まだ割り切れない気分は残る。それはつまり、どういうことかと言えば…。

 玲奈ってのは、おっそろしくカンの良い子だ(これが「理解力」に結び付いている)。言い換えれば、物事の本質を見抜く力、洞察力に優れている。そしておそらく、自分でもそのことを自覚している(言葉の反復)。

 じゃんけん大会の副音声で、こんなことがあった。選抜メンバーが出揃ったベスト16の段階で、玲奈はポンッと「珠理奈が優勝する気がする」と言ってみせたんだ。これだけだったら、ただ玲奈のカンが当たったエピソードなんだけど、興味深いことは、もう少し先で起こった。

 珠理奈が準決勝に進んだ辺りで、玲奈は「(これまで無心だった)珠理奈が意識し始めた気がする…だから、負けるかも…」という感じのことを言い始めたんだ。でも、珠理奈は勝った。だから、結局、玲奈の心配は杞憂に終わったわけだけど、このエピソードは次のことを示しているだろう。

 つまり、玲奈自身が自分のカンの源泉を、自身の<観察力・洞察力>に求めているということ。そして、おそらく自身の洞察力に絶対の自信を持っているということ。

 だけど、こういう洞察力(や、それに基づいたカン)ってのは、考え始めてしまうと鈍ってしまうものだ。何気ないタイミングでフッと無意識に出てきた言葉にこそ、真実が込められていたりする。そして、のちに自分でそのことに気付いて驚く。他ならぬボク自身がそういうタイプだから良く分かる…

 とか言ってると分かるように、最終的に、「玲奈のカンが優れている」って話は、それ自体がボク自身との共通性(直観的人間)という問題(相性の問題)に回収されてしまう。だから、ここでもやっぱり割り切れないんだ。


3.読み込んでしまうこと

 そして、最後にもう一度すべてを反転させるならば、結局、こうして書いてきたことも、ボクが勝手に玲奈を「読み込んで」しまっているだけに過ぎない。

 「メモ帳」で適当なファイルを読み込んだ時みたいに、そのファイルに相応しいアプリケーションじゃなくても、ファイルは読み込めてしまう。それが正しい読み方かどうか分からなくてもね。しかも、タチの悪いことに、人間の読み込みアプリはメモ帳よりは優秀だから、それなりに(正しく)読み込めているように見えてしまうんだ。

 「理解する」とは一体なんなのか…玲奈を見ていると、そんなことを考えさせられる。

 …とか(何の脈絡もなく)書いてたら、今日の握手会、玲奈が(体調不良で)休んだらしい…ホレ…そうするとまた「テレパシー(むしろエンパシーか)」とかいらん話を読み込んでしまう。それはもはやオカルトだ。

 まあしかし、玲奈が体調不良で休むなんてよっぽどだよ…どうかお大事に…<(__)>