AKBが女優として勝負できていないって話。前回はメソッドの話でした。今回は、もう少しシリアスな問題かも知れません。AKB臭の問題です。
いまやAKBはAKB自体のパロディになってしまった、というのがボクの考えです。何をやっても自分たち自身に言及してしまう。じゃんけん大会でこまりこ(中村麻里子)があっちゃんの真似をするキンタローの真似をしていましたが、あれがまさに象徴的なわけです。もちろん、あれは極端な例ですが、別に特殊なわけではなくて、何をやっても過去の自分たちに言及してしまうというのが、今のAKBを取り巻く現実です。
ディズニーランドのキャラクターがディズニーアニメのパロディでしかないように、AKBももはやAKB自身のパロディでしかない(こじはるセンターってのも、外から見れば、単に身内で回しているだけの話)。それは、どこまでも自己完結したシステムです。もはや、現実とは何も関係がない。だからこそ、夢の国と呼ばれるわけですが…
たとえば、どんなドラマであっても、ディズニーワールドのキャラクターが演じてしまえば、途端に(その部分は)パロディになってしまうでしょう。それと同じに、AKBワールドのキャラクター…たとえば大島優子…が演じると、どんなドラマも途端にパロディになってしまうのです。これをボクは、「AKB臭の強さの問題」と呼びます。
AKBに入る以前の優子は、瑞々しい存在感と小動物のような可愛らしさを兼ね備えた、将来有望な女優のひとりでした(と、少なくともボクは見ていました…あれ?ボクが2003年以来の優子ファンだってのは言ったっけ?)。とくに2006年の進研ゼミのCMなんて素晴らしかった。あれは、これから羽ばたいていくものの輝きに充ちた、同時代の中でも数少ない傑作のうちのひとつです。
たしかに、優子は羽ばたいたのです。ただしそれは、ボクが思っていたのとは、少し違う形でしたが…。優子には才能があった。日本のアイドル界を彼女は制覇したのです。でも、おそらくそれと引き換えに、失ったか手に入れたものもあって、それがまさにAKB臭の問題です(ここでボクは、優子に魅力がなくなったと言っているのではありません)。
優子は、「ガリレオ」の2ndシーズンにも登場していましたが、正直、ボクには優子にしか見えなかった。優子は決して演技の才能がないわけではありません(いや、むしろある方だ)。その優子を持ってしても、あのAKB臭を消し去ることは難しいのです。
だからこそボクは、制服姿が妙にリアルなゆいりー(村山彩希)こそが演技に向いているんじゃないかと思うわけですけどね。彼女からは良い意味でAKB臭がしないんです。
だけど、そうなると問題が出てきます。AKBで居ることは、役者の道を目指しているものにとって、必ずしもプラスではない…どころか、むしろマイナスなんじゃないか…
「いや、それはそうじゃないんだ」とボクは言いたいのです。
つづく