キャプテンハーロック | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


『キャプテンハーロック』

2013年日本、115分

監督:荒牧伸志

主演:小栗旬

概要
 『銀河鉄道999』シリーズと並び称される松本零士の人気コミック「宇宙海賊キャプテンハーロック」を、およそ30年ぶりにアニメ化。宇宙海賊として地球連邦政府に反旗を翻すハーロックの活躍を、彼の暗殺命令を受けた男との対峙(たいじ)を絡めながら映し出していく。巨額の製作費を投入し、脚本に『ローレライ』「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」などの原作でも知られるベストセラー作家・福井晴敏、監督には『エクスマキナ』などの荒牧伸志を起用。英雄譚の王道をいくストーリーに加え、壮大なビジュアルにも目を見張る。(Yahoo!映画より)

感想
 福井晴敏さんが絡む映画は大抵クズ映画になるのだけれど、今作の脚本は…まあどうでも良いっていうか何と言うか…。テンポが悪くて、とても現代の同種のハリウッド映画には敵わんけどね。それよりも何よりも、今作で考えるべきなのは映像関連の話だろう。

 スケール感のない映像。たとえばJJの『スタートレック』だったら、艦内の窓から一気にカメラを引いて艦全体を映したりする。それによってマクロとミクロの対比ができ、スケール感が生まれるわけだ。この映画には、そういう工夫がほとんど見られない。CGなのにミニチュアの戦艦が飛び回っているように見えてしまう。

 大体、映像が地味なんだ。物語の7割方は薄暗い艦内で進行する。お金をかけてそんな所ばかり描いてどうする。脚本の段階で魅せ方を考えておくべきでしょ。もちろん、それもやり過ぎると毒になるけどね、現代は何よりイメージの時代なんだ。イメージの力がない映画は生き残っていけない。

 今作の映像は大体が説明的な記号(誰が何をしたか)のレベルに終始している。どれだけCGでリアルに作ろうが、それ自体では単に技術のPRに過ぎない。そんなものはCGサイトの仲間内で「おお…スゲエ!」って盛り上がってればいいだけの話だし、そんなもんでお金は取れない。表現ってのは、その先にあるものだ。たとえば、PIXARの『ブルー・アンブレラ』を100回でも見返してみればいい。それで分からなければ映画なんか作るのはやめた方が良い。

 大体、その「技術」だってじつは怪しい。この映画には、えらく作り込んであるように見える部分もあれば、表面がえらく平坦で「単にテクスチャー貼り付けているだけじゃないの?」って思える部分もある。つまり、手を抜いている部分が悪目立ちしてしまっている。

 また、画面の一部をボカす手法(被写界深度を浅くする手法)は、今日ではアニメ/実写問わず一般的に使われているけれど、3D上映の場合はそれ自体が深度を持っているから、よっぽど注意して視線を誘導してやらないと、ボカしても気持ち悪いだけなんだ。今作ではそうしたことがとても気になった。それもまた、映像ってものに対する理解/感覚の不足を表している、

 それに、この映画はとにかく非常に効率が悪い。もっとも典型的なのは多用される人物のアップ。人間の顔ってのは、労多くして得るものが少ない。CG技術を示すには絶好の素材かも知れんけど、人間をモデルにしている限り、リアルさでは実際の人間に敵わんからね。

 それだったら、実際の人間を使えば良いだけの話。CGでいくらリアルに作ろうが、フォトリアルなCGである限り、実際の人間の存在感、それが持つアウラには到底届かない。よしんば届いたとしても、それは実際の人間を撮ってしまえば、パッと獲得できてしまうものなんだ。予算10万円のインディーズ映画でさえね。そんなところにお金をかけてどうする。

 リアルって点で言えば、こだわっていたであろう衣服の質感や、悪目立ちしていた金ボタンだって、実際に衣装を作って撮ってしまえば一発だ。フルCGであるメリット、必然性というものが、この映画からはほとんど感じられない。

 何より実写と差があるのは、演技の問題だ。ネットでは小栗旬くんの声がどうって意見もあるみたいだけど、そんなことよりももっと重大な問題がある。それはCGキャラクターの演技の問題だ。

 セルアニメの場合、「アニメーターは鉛筆をもった俳優だ」という言葉が表しているように、キャラクターに演技をつけるのはアニメーターだ。CGアニメでも(基本的には)それは変わらない。CGの動きを作る人がキャラクターに演技をつける。そして、ここで問題になるのは、(デフォルメされたアニメの演技とは違い)実際の人間をモデルにしている限り、フォトリアルなCGキャラクターの演技は、やっぱり実際の俳優には敵わないということだ。

 いくらモーションキャプチャーやフェイシャルキャプチャーを使っても、(現時点では)表情のニュアンスや瞳が語りかけたりするような微妙な演技は難しい。実際の俳優に比べると、天と地ほども差がある。正直、今作のCGキャラクターの演技は「大根」と言っても差支えの無いようなものだった(そのくせアップを多用するからなおさらだ)。それが感情移入を著しく阻害している。だったら、実際の俳優を使えば良いじゃないか。ここでも結論は同じだ。

 たとえば、JJの『スタートレック』だったら、登場人物は実際の俳優で撮り、宇宙の場面や未来都市はCGで作っている。それは資源/リソースを有効に使っているってことなんだ。実際の人間みたいなキャラクターを出したいんなら、実際の人間を連れてくれば良いだけの話。フルCGでやる必要がどこにある?

 松本零士の絵/デザインに忠実であることに意味があるんだったら、セルでやれば良いだけの話だ。最後に映された原画がいちばんカッコ良く見えたのは皮肉だった。CGデザイナーは猛省して下さい。

 この映画の敗因を聞きたいなら、ボクはこう答える。「メモリの無駄遣い」(byヒソカ)だとね。

☆☆☆(3.0)



映画『キャプテンハーロック』3分予告編映像