「進撃の巨人」
…進撃の巨人…飽きちゃいました<(__)>
いや、冒頭からクサすようで…なんですが(^_^;)>
玲奈、あいりんを初めとして、まさかの真那まで読んだらしく、SKEで「進撃の巨人」ゴッコなるものを流行らせたこの作品(まあ、グロいので真那は少し引いてた感じですけど)。HKTのぽんこつキャップ穴井ちゃんまでもハマったりしていて、これはボクも見てみねば…と…
まあ、元々、ゴジラとかSFが好きな人ですからね。こういう設定は、それでなくとも引かれてしまうのです。で、読んでみました。最新刊まで一気にね。う~ん、最初は面白かったんだけど、なんか飽きちゃった。
1.シミュレーション
良く出来ているとは思います(キャラクターの見分けが付き辛い絵は難アリですけど)。でも、その良く出来ているってことが、逆に何て言うか…遊びを失くしてしまうというか…
物語は、伏線を散りばめて回収していくという風に作られています。だから、最初から考えられて、組み立てられているのは分かるんです。だけど、組み立てられ過ぎてるって言うのかな。これは単に好みの問題なんですが、ボクがSFに求めているものとは違うんですよね。
ボクがSFに求めているものは、与えられた設定のシミュレーションなんですね。つまり、「巨人が攻めてくる。じゃあ、どうやって防ごう」、というシミュレーションをボクは見たいわけです。そういう作品の場合、「いや、自分だったらこうするな」とか、「この場面で、こいつがこうしてればな」とか、その世界で遊べるわけですよね。
初期の『進撃の巨人』が面白く感じたのも、その点でした。たとえば、「巨人は知能がないから、城壁を壊すことは出来ても橋を築くことは出来んだろう。だったら、城壁じゃなくて深い空堀を掘れば良いんじゃないか。で、人間+馬車くらいの荷重にギリギリ耐えられる橋を架けておけば、巨人は侵入してこれない筈」とかね。一種の攻城シミュレーションです。
これは、『ゴジラ』に典型的な楽しみ方ですよね。ゴジラの目的なんて誰にも分かりゃしない。ただ、どんどん侵攻してくるので、人類は何とか止めなければならない。それで、落とし穴を掘ったり、凍らせてみたり、映画の中でも色々とするわけですよ。それこそまさに、ゴジラをどうやって止めるかというシミュレーションなわけです。
でも、『進撃の巨人』は一種のミステリーの方に進んだ。浦沢直樹的というのかな…もうそういうのは、『20世紀少年』だけで充分だって気分が少しね…あれも、読んでいた間は夢中で読んだけど、読み終わってみるとなんだかね…まあ、それはともかく。
『進撃の巨人』も、回を重ねるごとに、あらかじめ撒かれた伏線を回収していくという方向に進んでいます。言ってみれば、それは閉じられた世界なんですな。シミュレーションと違って、ボクらがそこで遊ぶ余地はない。作者という神の手の平の上ですべてがコントロールされた世界です。
たとえば、さっきボクが言った「人+馬車の荷重にギリギリ耐えられる橋」ってのもアウトなわけです。ヤツら異常に軽いらしいのですね。だったら、筋力もなにもないんじゃないかと思いきや、そうではない。もはや科学とか物理とか関係ない。もっと進むと、もっと色んなのが出て来て、もっとシミュレーションが成立しなくなる。もう、なんでもありなんですな。作者がこう決めたんだから、それに従うしかない。
もちろん、あんな巨人が出て来る時点で、科学もへったくれもないだろうって話もありますけど、SFの場合は、初期設定として、ある一定の範囲でそういうものを導入するのはアリなんですよね。その与えられた設定を元に、いかにシミュレートするかというのがSF作家の腕の見せどころなわけです。なんでも作者の思い通りにコントロールできてしまうのは、SFじゃなくてファンタジーです。
つまり、作者もルールに従っているか、作者がルールを自由に変えられるのかの違いですかね。後者の場合は、ボクらがゲームする余地=遊ぶ余地はないわけです。作者に従うしかない。たとえば物理のように誰もが共通に扱えるルールを前提にして遊ぶ余地がないのですね。ここでは作者が神様です。その時点で、もうSFとは決定的に違うのですね。
それが面白いという人がいても別に構いやしません。ボクがミステリーを見る時に評価するのも、いかに全体がコントロールされているかという部分なわけですから、それはそれで良いのです。
ただ、正直、勿体ないなという感じはします。これだけ大きな舞台を道具立てとして揃えているのに、わざわざ閉じた世界に持っていかなくてもな~…と。
2.現実と非現実
もうひとつも、個人的な理由です。怪獣もの(と敢えて言いますが)の何よりの魅力は、現実と非現実の対比だとボクは思っていて、そういう意味では、『進撃の巨人』の一話なんて、まさにドンピシャなわけですよ。
ただ…ウルトラマンでも僕が好きなのはウルトラマンが出て来るまででして(笑)…それがどういう意味かと言うと、ウルトラマンが出て来るまでは、「怪獣」と「街」って感じで非現実と現実って構図が成立しているんですが、ウルトラマンが出て来ると、非現実と非現実って感じになってしまい、結局、非現実感が相殺されてしまうんですよな。
それは、単に「着ぐるみ」同士が戦っているようにしか見えなくなってしまう…中期のゴジラもそんな感じですよね。『進撃の巨人』も…って、これじゃネタバレですな…(^_^;)>
そんな感じで、シミュレーション性×、非現実と現実の対比×って感じで、僕にとっての魅力が失せてしまったのでした<(__)>