『言の葉の庭』
監督;新海誠
主演:入野自由
2013年日本、45分
概要
『秒速5センチメートル』や『星を追う子ども』で知られる新海誠が原作と監督と脚本を手掛け、繊細なタッチで描くアニメーション。現代の東京を舞台に、男子高校生と生きることに不器用な年上の女性の淡い恋の物語を丁寧に紡いでいく。主人公の声を担当するのは、数々の作品で声を担当してきた入野自由と花澤香菜。万葉集や日本庭園などを題材に描かれる、情感豊かな映像に引き寄せられる。(Yahoo!映画より)
感想
なんだこりゃあ…言いたいことは山ほどあるんだけど、とりあえず、順を追って話して行こうか。
『だれかのまなざし』
最初に、短編の『だれかのまなざし』が上映される。はじまった瞬間、「あれ?」って感じがする。あの圧倒されるような微細な新海描写が見られない。妙にイヤな予感がする。
紙芝居というか絵本というか、無味無臭で痛みのない物語が語られる。なにもない。ここにはホントになにもない。終わってみれば、「野村不動産」の文字。そうか、ボクはわざわざ金を払ってCMを見せられたってわけだ。そういや、保険会社がよく流すような、妙に分かった風で、そのくせ、なにも中身がない、そんなCMによく似てる。
『言の葉の庭』
イヤな気分を引き摺ったまま、本編が始まる。やっぱり、何かがおかしい。最初の場面で引き込もうとしているのは分かるんだけど、なんだか妙にワザとらしい。「こんな効果も使えますよ。すごいでしょ」みたいな。新海さんの絵の、あの圧倒されるような感じは、どこにもない。
もともと、新海さんにはストーリー面は期待していない。彼にはその才能はない。それは、前作『星を追う子ども』で証明済みだ。でも、前作では、あの前半10分間の描写が圧巻だった。あれだけでも見る価値はあった。どんなにペランペランな話でも見ていられる気がした。でも、今作にはそれがない。
物語的には、古内東子さんのような、90年代の女性シンガーソングライター的セカイ観を連想させる、独立心と依存心がないまぜになったようなもの。ある種の女性には受けるかも知れない。でも、そんなことはどうでもいい。ここには、物語の強度がまるでない。ここには、心を突き刺すような、世界の彩りを映し出すポエジーがない。
もともと、新海さんはアニメや映画の「基礎」を持たないで出てきた人だ。だからこそ、枠に囚われないで作ることができていた。映像のセンスがあるからこそ、何も分かっていない頃でも、ただ勢いだけで作れてしまっていた。だけど、その勢いは尽きてしまった。いわばネタ切れってやつだ。
そうなると、もともと「基礎」がないから、最低限のクオリティすら確保できなくなってしまう。とくに、新海さんの場合は、知識や思想に深みというものがほとんどないから、勢いがなくなってしまうと、とんでもないチープな作品が出来上がってしまう。
新海さんの代表作、『ほしのこえ』は、まったく洗練されていなかったけれど、ポエジーとなんだかよく分からんエネルギーに満ち溢れていた。そのポエジーは、『雲のむこう、約束の場所』を経て、『秒速5センチメートル』で完成された。
翻って、取って付けたような万葉の詩と雨の風情の今作。ちょっと気取ってみせたことで、詩情も失われた。「詩」を入れてみせたことで、詩が失われたんだ。そこに現れているのは、表層的な、あまりにも表層的な偽りの詩情。
『ほしのこえ』は、いわゆる「セカイ系」の代表作としても扱われる。今作でも、「世界にキミとボクしかいない」というような「セカイ系」的な精神はそのまま(それ自体を否定するつもりはない)なんだけど、そこに敢えて「他者」を導入しようとしたことで、この物語は、もう決定的にtrashになった。
誰かを貶めることで成り立つセカイ系の物語なんざ、もはやガラクタ以外の何物でもない。もういちど、はっきり言う。彼には、ストーリーテラーとしての才能はない。上手いことまとめようとしているのが、みょうにカンに障る。
それから、これは以前からの問題なんだけど、(性格描写を含めて)人物の造形にまったく魅力がないのが、作品の質に著しいダメージを与えている。これでは、感情移入することが、どうしたって難しい。
だけど、それよりなにより、美術面の劣化がこの映画のすべてだ。今作では、ここが致命的にダメになってしまった。描写スタイル、画面の解像度が統一されていないのが、ものすごく気になってしまう。これは、もうホントにどうしようもない。まるで、実験映画を見させられているような気分。押井守さんあたりが、四の五のと御託を並べながら実験映画を撮って、でもその中身はガラクタ映画でしたみたいな、そんな感じ。
とにかく、背景の絵柄が統一されてないのがヒドイ。それも、ある場面と別の場面とで絵柄が統一されていないだけじゃなくて、同じ場面の中で絵柄が統一されていないんだ。どこのラウシェンバーグだよ。あんたいつから、現代芸術家になったんだ(この場合の「現代芸術」ってのは、ガラクタを作って、それを美術館に置くこと)。
たとえば、典型的なのは、後半、俯瞰で映された部屋の場面。右上のキッチンに置いてあるポットは、陰影もはっきりしているし、輪郭線もはっきり描いてある。要は、完全に二次元の絵柄。それに対して、左下のテーブルに置いてあるポット(っつうか、なんつうんだあれは…要は麦茶とかを入れるやつね)は、ほとんど写真をそのまま貼ったかのような描かれ方をしている。それが、ものすごい違和感を与える。
尻切れトンボの感想だけど、もうこれくらいでいいや。気分がのらん。ボクは、かつて、「新海誠」には期待してたんだ。でも、彼はもう、決定的に時代に遅れてしまった。
追記:
レビューを浚っていたところ、「背景が写真みたいで凄い」というような評をいくつか見かけた。でも、新海さんの場合は、そもそも写真から背景を書き起こすわけだから、写真みたいに見えてしまうってことは、逆に劣化なんだけどな…
☆☆★(2.5)
レビュー追記(表現の破綻について)↓