茶髪論争 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


『茶髪論争』

1.りぃちゃん

 ことのきっかけは、SKE48のメンバー阿比留李帆ちゃんが茶髪に染めたことでした。そこで、どうやらSKEも大学生以上は茶髪解禁になったらしいと判明したのです。これはファンの間で賛否両論を生みました。

 この状況に対し、終身名誉研究生のかおたんは、

「染めたぐらいで騒ぐのはよくわからん。みんながみんな黒髪似合うわけじゃないしなんか考え方が保守的すぎるし黒髪主義すぎるのもどうかと思う!!」

 と発言。毎度のことながら、火に油を注ぎました(笑)…そこで、キャプテンにししは、事態の沈静化を図るべく、次のようなコメントを寄せました。

「SKEは変わらないといけないタイミングなのだと思います。実際変えてみないとそれが正解かどうかは分からなくて頑張って頑張って、それでも前に進めない子だっていて、その子たちが少しでも何かが変わる、前に進めるきっかけになるのであればいいと思うのです。失敗して分かることもあると思いますし、やりすぎだな、と皆さんが思ったらそれは言ってあげていいと思います。皆さんの言葉がメンバーの指針になったりするでしょう。でも、自分の好きなメンバーの根っこが変わらないことは信じてあげてね!」

 う~ん、さすがに大人な発言だな~…とか、ひとりで悦に入ってる場合じゃ無くて(* ̄艸 ̄)…どうも、上のかおたんの発言と下のにししの発言では、茶髪問題に関するとらえ方が少し違っている気がします。

 「保守的」って言葉を使っていることからも分かるように、かおたんはこれを「イデオロギーの問題」だと捉えているのに対し、「前に進めるきっかけ」というにししは、アイドルとしての「戦略の問題」だと捉えていると思うのです。

 「イデオロギー」は個人の信条の問題ですから、誰にも批判はできません。イデオロギーの問題としては、(許可されているんだし)阿比留ちゃんが髪を染めようがもちろん自由です。また逆に、保守的だろうが何だろうが、ファンがそれで阿比留ちゃんから離れるのもまた自由の筈なのです。ですから、「イデオロギーの問題」としてこれを語っても、じつのところ何も言ってないことと同じです。何を言おうが、離れるやつは離れるのです。

 かおたんはその辺をよく分かってないと思うけれど、まあいいや。かおたんを批判したくてこの記事を書いているわけじゃありません。


2.個人戦略としての差別化

 「イデオロギーの問題」も、結局、にししが言うように「戦略の問題」に還元されます。つまり、自分がアイドルとして、どういうファン層に訴えたいか、という問題に還元されるのです。これまでSKEには茶髪が居ませんでしたから、他のメンバーとの差別化という意味では、それは正しい戦略と言えるかも知れません。

 でも、ここでまた別の問題が出てきます。それはグループそのものを支えているファン層の問題です。ここである文を紹介しましょう。この問題に触れたとあるニュース記事では、最後、次のように締めくくっていました。

「アイドルにとって、“黒髪”が賛否両論、論争を生むほどの重要なことであるというのは、アイドルファン以外からは、なかなか理解し難いものがあるだろう」

 ボクは、こういう書き方はクソだと思いますし、むしろ、そういう、「理解し難い」人たちによって支えられているものが主流に踊り出ている現状を考えれば、これを書いたヤツは、単に時代を読む力のないバカだとも思いますけれど、それでも、この文はある意味では的を射ています。

 それは、48グループがこういう、「理解し難い」特殊な層に支えられているということです。その層とは、「恋愛禁止」のことを考えれば分かるように、思いっきり保守的な層です。ファンダメンタル(原理主義的)な保守層と言い換えても良いかも知れません。そもそも、「アイドル」というのは、「かくあるべし」という偶像を表わす概念ですから、アイドルファンがファンダメンタリストだってのは、実は当然のことなのです。

 そして、ここで政治的な比喩を使うなら、グループ自体が保守層に支えられている現状において、あるメンバーがリベラルな行動で差別化を図っても、それを得票に結び付けるのは、なかなか難しいってことになります。たとえ、ファンダメンタルな保守主義者が支持層の全てでなく、支持層の内のたかだか1/5だったとしても、それだけで票の20パーセントは吹っ飛んでしまいます。

 逆に、たとえば、ともちんのように、グループを支えているファン層以外に対しても訴求力がある人ならば良いのかも知れませんけどね。

 実際、ともちんのファンとAKBのファンってのは、少しファン層が違います。それは、ともちん自身の訴求力によって、AKBファン層以外から分捕ってきたファンが混じっているからでしょう。でも、あれは一種の特殊能力みたいなもんなので、真似しようと思っても、なかなか真似できるものではありません。

(たぶん、まゆゆ辺りがあれをやったら大失敗するでしょう…それは、まゆゆに訴求力がないってことじゃなくて、まゆゆのファン層とAKBのファン層が完全に一致していると思うからです。それはつまり、まゆゆの訴求力がドンピシャでAKBのファン層に向いているということを意味しています)


3.グループとしての差別化

 さて、ここまではグループ内での差別化について話してきましたが、ここでもうひとつ考えなければならないことがあります。それはグループとしての差別化の問題です。

 ファンダメンタルなものの典型は宗教です。そして、実際、ファンダメンタルなものの強さというのはあります。キリスト教が強かったのは、「聖書に書かれていることが全てだ」とか言っていたころでした。そして、それが科学の発達によって説得力がなくなり、世俗的になっていくごとに弱まっていった。

 たしかに、世俗との関わり方は大切ですが、しかし、宗教であるかぎり、現代でさえ、なにか確保しておかなければならないものはあります。「神なんていない」とか、「マリアはヴァージンじゃない」とか言い出したら、それはもう宗教である必要がないわけです。

 ここで、SKEの話に戻るわけですが、ここまで話してきたことは、アイドルにとっても同じことが言えます。たとえば48グループだったら、「恋愛禁止」というルールで線引きをしているわけです。みんなが自由に衣装を選び、勝手な格好をして、恋愛も自由だったら、それはもうアイドルと世間との線引きがなくなってしまっているでしょう。

 どこかで線引きは必要だというのは、おそらく、多くのファンが一致するところだと思います。問題は、どの辺りで線を引くのか。ここで、グループとしての差別化の問題が出てきます。

 SKEは、これまでAKBよりもファンダメンタルなグループでした。AKBは茶髪OKだったのに対し、SKEは茶髪禁止だったわけですから(AKBの中でも事務所によっては禁止のところもあるらしいですが)。言ってみれば、「保守の中でも比較的リベラルなAKB」と、「保守の中でもさらに保守みたいなSKE」という棲み分けが出来ていたわけです。だからこそ、SKEは、よりファンダメンタルな保守主義者の受け皿として機能してきました。

 問題は、ファンダメンタルなものの訴求力はいつの時代でもあるということです。ここで、宗教の話に戻すならば、現在は中絶問題がキリスト教右派の周辺で問題になっているわけです。ここでの焦点は、中絶が「正しいか正しくないか」という問題と同時に、実際にそれを嫌悪する人がいるということでしょう。仮に、ある右寄りの宗派が、時代の流れに乗って中絶を認めたとしても、ファンダメンタルな人たちは、結局、よりファンダメンタルな宗派に流れていくだけだと想定できるわけです。

 それと同じように、SKEがリベラルの方に動いてしまうと、AKBとの棲み分けが不可能になる一方、ファンダメンタルな保守主義者はさらに保守的なグループ…たとえばNMBやHKT…に流れてしまうだけなんじゃないの?という不安はあるわけです。

 「たかが髪の色くらいで」って思われる向きもあるかもしれませんが、何度も言いますが、ここでの問題は、「たかが髪の色くらいで」応援できなくなってしまう層が確実に居るということなのです。これは感情の問題なので、批判したって仕方のないことです。だって、そう感じてしまうものは、どうしようもないことでしょう?


4.ボクは…

 ここで、ボク自身がどう感じるかを書いておかないとアンフェアかも知れません。ボク自身は、黒髪ストレートが好きです。思いっきり保守的です(笑)…ただ、大学2年生から好きだった子は、最初から髪を染めていたので、その辺は一概には言い切れないところもあります。それでも、やっぱり黒髪は好きですけどね。

 ただ、ボクは…黒髪美少女の大和撫子、日置さんが卒業しちゃうのも悲しいけれど、AKBの中でも、かなりリベラルだったなっつみぃが卒業しちゃうのは、もっと寂しいんだ…きっと、その人を好きになってしまうと、どこかファンダメンタリストでは居られなくなるってことなんだろうね。



(↑は髪を染める前です)



今回の登場メンバー:りぃちゃん(阿比留李帆)、かおたん(松村香織)、にしし(中西優香)、ともちん(板野友美)、まゆゆ(渡辺麻友)、日置さん(日置実希)、なっつみぃ(松原夏海)