
市庁舎。市の中心部にある、この建物を巡り、最近、大きな騒動が起こっている。それも、この画像では、どこに写っているかも分からないような、たった一本の小さな旗を巡って。
長年、この街では、イギリスとの統一維持を望むユニオニスト系政党が市議会を支配してきた。しかし、2011年の選挙において、史上はじめてアイルランド派のナショナリスト系政党が与党になったのである。
議会を支配したナショナリスト政党がまず行なったことは、市庁舎に365日翻っているユニオン・フラッグ(イギリス国旗)を、永久に撤去する法案を提出することだった。もちろん、ユニオニスト系政党は反発する。
そこで、中間派である「同盟党」は、一年の内、18日間の指定日のみユニオン・フラッグを掲揚する妥協案を提出した。この修正を含んだ法案は、2012年12月3日に議会を通過した。

それに対して、法案に反対するユニオニスト系の市民は、連日のように市庁舎前で集会を持ち、抗議活動を行ったのである。この抗議活動は12月8日に頂点を迎えた。
http://www.youtube.com/watch?v=W7YTpFWo5js(ユニオニスト側の映像)
ほどなく、これらの抗議活動を行なうユニオニスト系市民の一部が暴徒化していった。とりわけ狙われたのは、妥協案を提出した同盟党系のオフィスと、暴徒を取り締まる警察であった(同盟党系のオフィスの多くは、ユニオニスト地区にある)。1998年のベルファスト合意以来、ともあれ小康状態を保ってきた街が、再び衝突の場となったのである。
この暴動の中心となったのが、ここ数回のBfシリーズに登場したUVF(アルスター義勇軍)やUDA(アルスター防衛協会)、RHC(レッドハンド・コマンド)などのユニオニスト系民兵組織である。
こうした一連の暴動は、イギリスのみならず国際社会の関心を引き、暴徒に対する批判の声が巻き上がった。そして、暴動に嫌気が差した市民たちは、「反暴動キャンペーン」をスタートさせた。各地で暴動と逮捕者が相次ぐなか、12月15日には、市庁舎の周りで腕を組み、徹夜で平和を訴えたのである。
http://www.youtube.com/watch?v=_42AoR-M0YY(12月16日の反暴動キャンペーン)
もちろん、ユニオニストの抗議者すべてが暴徒なわけではない。平和な抗議活動を訴えるユニオニストも数多く存在する。それでも、暴動が止む気配はなかった。
http://www.youtube.com/watch?v=A1zZOg7H4yY(ユニオニスト側の映像)
1月13日。「降伏はない」と訴えるユニオニスト系の支持者1000人による抗議活動が市庁舎前で行なわれた翌日。平和を願う市民たちによって、拍手/喝采/口笛/ドラムによる「反沈黙」キャンペーンが行なわれた。これは、暴動を嫌うサイレント・マジョリティが声を上げ始めたという意思表示のキャンペーンであった。

市庁舎の戦没者慰霊碑にユニオン・フラッグを毎日掲揚するという、ユニオニスト系の最大政党DUP(民主統一党)による逆提案は、英国在郷軍人会による反対もあって、4月20日の市議会で却下された。
2013年5月1日、DUPは慰霊碑にユニオンフラッグを掲揚するための運動を公式に断念。しかし、事態はいまもって継続中である。2012年12月~今年5月までで、警察官152名が負傷し、暴徒239名が逮捕されている。
「たかが旗のために、なんてバカな…」と思われるかも知れません。でも、ボクはそういう風には思わないのです。なぜなら、「旗」は人びとの心を表わすものだからです。「象徴」という言葉の意味は、まさに、そういう意味で捉えられなくてはならないでしょう。
たった一本の旗でユニオニストの暴動が起きてしまうということ、そして、暴動が起こることが分かっていてさえ、ナショナリストは旗の撤去を望んだということ。それこそが重要で、これはむしろ、旗の重要さを表わす事件なのだとボクは思います。
振り返れば、1964年、ナショナリストの候補者がアイルランド三色旗を選挙オフィスに掲げたおりに、ユニオニスト系の自治大臣は、警察に対して旗を撤去するように命じています。したがって、今回は、ナショナリストによる意趣返しだと考えることもできるでしょう。
こういう状況においては、「たかが旗で」という、一見、中立的な立場も、それ自体がひとつの政治的な立場に回収されてしまいます。掲揚するか撤去するかが問題になっている時、「たかが旗で」と言うのは、単に一方(今回の場合はナショナリスト)の肩を持つことに等しくなってしまうからです。
したがって、この問題は二つに分けなくてはならないでしょう。
ひとつは、市庁舎にユニオン・フラッグを掲揚すること、あるいはそれを撤去することの是非。もうひとつは、あらゆる政治的課題を --それがどんなものであれ-- 議会による討論でなく、暴力的な手段で解決しようとすることの是非。
政治的問題を暴力で解決しようという試みが正しいとは、ボクは、まったく思いません。そうした試みに対して、ボクは断固として反対するでしょう。しかし、その故をもって、「旗の問題」を矮小化して捉えることが正しいとも思わんのです。それは、とても注意深く扱われなければなりません。
それでも、正直、ボク自身は、(党派を越えて平和を訴える)Peace Protestの映像に、もっとも心を打たれてしまうのだけれど。
Belfast Peace Protest