
『去年はいい年になるだろう』
山本弘
(2010年)
内容紹介
米国同時多発テロも、あの大地震も、犠牲者はゼロ!?
2001年9月11日、24世紀から「ガーディアン」と名乗るアンドロイドたちがやってきた。圧倒的な技術力を備えた彼らは、テロを未然に防ぐとともに、世界中の軍事基地を瞬く間に制圧して武装解除を行ない、つぎつぎと歴史を変えていく。
その翌日、SF作家である僕の仕事場へ、美少女アンドロイドのカイラがやってきた。彼女に手渡されたのは、未来の僕からのメッセージと、僕が書いた小説作品のデータだった。
第42回星雲賞(日本長編部門)を受賞した衝撃の歴史改変小説。
(Amazonより)
感想(注:多少ネタバレあり)
紹介文には、「あの大地震も~」と書いてありますが、これは2010年に出版された小説なので、当然、それは「3.11」のことではありえません。読んでいて最初に感じた違和感は、まさにその点でした。SF、とりわけ現実世界に言及したものは、常にこの手の問題に悩まされます。本作は、2001年の世界に訪れた未来人が、その後の(ありえた筈の)歴史を語るので、なおさらでしょう。
いま、彼がこの作品を書くとしたら、「3.11」に触れずにはいられない筈ですし、この小説の筋そのものもまた、変わらざるを得なかったでしょう。しかし、それこそがまさに、この小説のテーマでもあるのです。つまり、この小説は、「この時」にしか書けなかったものだということ。「かけがえのない今」。これは、「タイムマシンもの」と云いながら、じつは「未来」に言及するものではなく、「今」という時間を謳っている小説です。
そして、この、「今」ということに寄り添うために、この小説の主人公は、著者の山本さん自身に設定されています。彼を取り巻く人物たちも全て実名で登場するところが、この小説のひとつのミソになっています。各所に散りばめられたネタも、元ネタを知らない人はスルーするしかないですが、知っている人はクスッときてしまうでしょう。
そのことによって、まさに「かけがえのない今」ということが、著者自身の抱える切実な問題として、読者の前に提示されます。これは、歴史改変というテーマに真っ正面から挑んだ作品です。他ならぬ著者自身の人生が、歴史改変によってどう変わるか、ということに真剣に向き合っています。
「かけがえのない今」。それはまた同時に、現代の読者へのメッセージにもなっているでしょう。東浩紀さんが『ゲーム的リアリズムの誕生』で唱えたように、現代では「リセット」という想像力が、ひとつの鍵になっているからです(他ならぬボク自身、「過去へ戻りたい」って考えを強くもっている人ですし)。そのことを踏まえた上で、敢えて歴史改変をテーマにしたこの小説は、むしろ、「リセット」の不可能性を訴えるものになっています。
この小説では、歴史改変を繰り返しても、パラレルワールドが無限に増えるだけです。結局のところ、それは過去を「水増し」しているだけになってしまうのです。そんな構造を持つ本作は、過去を過去として、(すなわち改変不可能な過去として)葬送します。歴史は決して「リセット」できるものではないということ。そのことによって、「今を生きる」ということの大切さが提示されます。
しかし、こうした「問題意識」(そう、それはまさに問題意識と呼ぶべきものです)が、ボクには何か引っ掛かってしまいます。それは、以前、ボクが同じ山本さん作の『トワイライト・テールズ』の書評を書いた時にも感じていたものです*1。山本さんの書くSFの80%くらいはボクの好みに合致するのですが、残りの20%くらいが、なにかボクを釈然としない気持ちにさせます。
*1「SFというのは未来に開かれているものです。教訓じみたSFなどカビ臭くて食べられやしません」