『偶像のかなた 1』
宮脇咲良
(HKT48/チームH/総選挙47位)
「表情:expression」
一言、「カワイイ!」
小動物のような愛らしさ。
渡辺麻友が初めて出てきた頃のことを思い起こさせる。
けれど、時折り垣間見せる賢さは、むしろ柏木由紀に近いのかも知れない。
どこか一本筋が通っているところに、この同郷2人の相通じるものを感じる。
デフォルメされたような動作。めまぐるしく変わる表情。
まるで、世界の全てが目新しいものかのように、驚きを映す瞳。
その瞳は、世界そのものを生まれ変わらせ、ぼくらに再提示する。
一度、その瞳が曇った時があった。
2013年、1月23日放送のAKBINGO!
(メンバーじゃない子が収録に混じっていたら、メンバーは気付くかという企画)
MCがネタバラシをしたあとの咲良の表情。
それは、いままで見たことがないようなものだった。
次世代エースとしてのプライド。
あるいは、HKT48としての矜恃。
番組に出られない正規メンバーだって沢山いるのに、
メンバーですらない子に焦点が当てられたという不満。
あれは一体、どういう感情だったのだろう。
島崎遥香と宮脇咲良という、AKBの将来を担う2人。
それが共に似たような表情をしていたのが印象的だった。
アイドルとしての野心が、そこに透けて見えた気がした。
だけど、実はもっと単純なことなのかも知れない。
良く見てみると、咲良の表情が曇ったのは、
「マジックミラー越しに隠しカメラがあった」
ということを知らされてからのようにも思える。
隠し撮りやら、ドッキリといった種々のこと。
そういったものに対する一種の嫌悪感。
それは、理解できる気がする。
いずれにしても、
アイドルとして生きていくというのは大変なことだ。
相当な覚悟がなくてはやっていけない。
そして、(汚濁にまみれた)世界のなかで、
「アイドル」として生きていくという覚悟は、また同時に、
その世界に染まってはいけないという二律背反をも要請する。
(染まってしまったらそれはもはやアイドルではない、ただのタレントだ)
そうしたアンバランスさの上に、アイドルというものは成り立っている。
アイドルであるということは、
それ自体において矛盾するそうした要請を、
その一身に引き受けるということに他ならない。