『田植え歌チャント』
「オー、(バモ)ニ~ッポ~ン、ニ~ッポ~ン、ニ~ッポン、(バモ)ニ~ッポ~ン、オイ!オイ!オイオイオイ!」
サッカーファンとして、ボクが常々「止めてくれ」と思っているものの1つに、Jリーグや日本代表サポーターのチャント(応援歌)があります。試合中ず~っと流される単調なリズムの音。まったく、お経かと。やってる方は楽しいのかも知れませんが、正直、眠くなっちゃいますな。
何より、試合展開とほとんど関係していないところがイタすぎです。たとえば、南アのブブゼラや、中東の訳分からん音などと同様に、あれも日本の文化だと言ってしまえば、それまでですが、あんなものが文化ならば「そんな文化は滅んでしまえ」と、ボクは思ってしまいます。
『のぼうの城』で「田植え歌」の場面を見ている時に思ったのですが、日本人は農耕民族なので、応援歌もそうしたルーチンワーク用の単調なものになってしまうのではないかと。「田植え歌」はまさに、一定のリズムに則って作業を行っていくものです。別にそれはそれで良いのです。「田植え歌」自体を否定する積もりはありません。
しかし、サッカーというものは、ルーチンワークからは程遠いものです。刻々と変わる状況、緩急ある試合のテンポ、ゴールした瞬間の爆発的盛り上がり。それらがサッカーの本質であり、それは「田植え歌」のようなものでフラット化されてしまうならば、スポイルされてしまうものです。
試合中ず~っと歌っている必要なんてサッカーにはありません。何より、日本のサポーターには、もっとピッチ上の状況を良く見て感じて欲しいと思っています。スタジアムの主役はあくまでもピッチ上なんですから、ピッチ上の状況に合わせた応援をして欲しいのです。決まり切ったものでなく、心の底から自然に出てくる反応を大事にして欲しいのです。
良いプレーをすれば拍手をし、悪いプレーをすればブーイングする。チームがどうにもならん状態なら『ケ・セラ・セラ』を歌い、苦しい状態が長く続いた末に光が見えれば『聖者の行進』を歌う。そういう応援が理想ですな。