『oppressed』
1.情報戦
日々、尖閣やら竹島やらを巡って鬱陶しいニュースが続いていますが…最近、良く思うのは、(特に韓国の方は)かなり意図的に人権(いわゆる歴史認識の問題)という側面と領土問題を結び付けようとしているってことです。日本は良くも悪くもその辺りにずっと無自覚だったと思うのですが、これには明らかに情報戦の側面があります。
たとえば、竹島の話をしている筈がいつのまにやら従軍慰安婦の問題にすり替わっている。ここで日本側が(橋下さんのように)「竹島は日本の領土だし、従軍慰安婦の強制連行などなかった」と反論を行ってしまうのならば、それは二重に過ちを犯していることになります。第一に両者を結び付ける彼らの論法に乗せられてしまっていること(この場合、片方を落とすことはもう片方も落とすことを意味します。欧米は人権問題に弱いですし、彼らはそのことを十分に分かってやってるわけですから、その時点でこの戦は負けです)。第二に、さして吟味もされない状況のなかで「なかった」と主張していることだけが流れていってしまうと、(実際はどうであれ)日本という国が過去に行った犯罪を「あたかも」反省していないような印象を国際世論に与えてしまうからです。
ここでするべきなのは、まず、領土における歴史問題と人権における歴史問題は全く別物だということをはっきりさせて置くこと(つまり、政治家は領土問題に関連して人権問題を聞かれたら「その質問は領土問題とは関係ありません」とのみ答えるべきなのです)。その上で、別の場所で人権における歴史問題も主張すべきことは主張すれば良い。ただし、日本がかつて行った「人道的罪」に関しては(少なくとも事実として我が方が認めた部分に関しては)深く悔いているというメッセージと共にね(総論じゃなく)。別にやってもないものをやったと認める必要はありませんが、こういうものは印象が大切ですから、いかに出ていく情報/メッセージをコントロールできるかが問題になってきます。
正直、韓国も中国も「愛国精神」を利用している感はありますが、ここにきて振り回されている感もあり…それは日本側も同じですね。ボクは彼ら(中韓)が行っている情報戦は事態を良くない方向に導いている気がするのです。結果として日本が情報戦に敗れ、あまり芳しくない立場に追い込まれたりすると、もはや日本は国内の暴走を抑える術はありません。情報戦に長けた韓国ですら現在の日本の強硬な態度を理解し切れていないように見えます。だからこそ日本は彼らの情報戦に抵抗する術を養っておく必要があります。それは何も領土のためばかりではありませんし、日本だけのためでもありません。日本が余りにも情報戦にウブだと、最終的に(日中-日韓)双方にとって甚大な損害が生じる可能性があるからです。
2.コントロール
振り返ってみれば、かつて、ワイマール共和国が潰れてナチス・ドイツなんてものが出来てしまった原因のひとつは、(第一次大戦の勝者)フランスが考えなしだったからです。余りにも過酷な賠償請求にドイツ国民は耐えかね、その矛先をユダヤ、ポーランド、フランス、ひいてはヨーロッパ全土に向けていったのです。もちろん、最終的に「悪い」のはナチスを選択したドイツ人です。でも、その原因に目を瞑ってはなりません。これは外圧による暴発の例です。
そしてまた内圧による暴発の例もあります。日本が満州を始めとしてアジア各地に進軍していった理由のひとつは、(ソ連&共産主義の脅威もさることながら)大正デモクラシー期の兵隊蔑視の風潮の中で育った青年将校たちが、自らの価値を証明しようとしたためでした(そしてまさに、大衆は手の平を返すように、それを熱狂的に支持したのです)。それはもちろん彼らが「悪い」…だけど、その原因に目を向けることは意味のないことではありません。外圧であれ内圧であれ、余りにも圧迫され続けるとその反動は激越なものになってしまう。それもまた、歴史のひとつの姿でした。
今の日本もまた、高度成長期からバブル期にかけてのかつての「恵まれた大人しい」日本と同じではありません。高齢化/少子化、先の見えない経済、特に若者たちは、自分たちの身に覚えもないような歴史問題で叩き続けられることに耐え切れなくなってきています。彼らは矛を向けるべき敵を見つけてしまったのです。そこに煮えたぎっているエネルギーにボクは戦慄すら覚えます。日本政府は(原発関連の問題もあり)もはや若者たちの熱狂を抑えきれなくなっています。そのゆえに、中韓の戦略はもはや時代にそぐわないものに感じます。今やそれは彼ら自身に跳ね返ってくる可能性があるのです。(もはやボクは「日本は戦争に突入しない」と断言することは出来ません)
そしてまた同様に、中国にも都市と地方の貧富差があり、独裁政権ゆえの抑圧が存在します。韓国にも地勢的に2大国に挟まれているという伝統的抑圧があり、そして伝えられているように、大企業は良くても中小企業は上手くいっていません。中国も韓国も日本と同様に、彼らが抱えている若者たち自身の熱狂を抑えきれなくなっています。現在、三カ国ともに(内外の)抑圧に対する反発が相手国に向き、それがさらに相互の反発を生むという負のスパイラルに陥ってしまっています。ガス抜きとしてナショナリズムを使っても、それはもはやコントロールの効くものではなくなってきているのです。何よりSNSの発達によって、瞬時に共有された感情は雪だるま的に膨らんでいきます。これは現在のイスラム教国家のデモを見ても分かるように、世界的な流れでもあります。
(中身のない記号が宙を漂い、そこに息が吹き込まれるならばそれは実現します。現代において、現実は常に一度シミュレーションされたものですから、ネット上で行われている現在の戦争は、現実のものになる可能性があります―「嘘から出たまこと」と言ってもいいですが―実際、中国のデモの暴徒化を見ていると、その傾向は既に出始めています)
すなわち、(日本も含め)どの国の政治家もただ民衆の声に唯々諾々として対外的に強硬な意見を言ってばかりはいられない状況だということです。それは最終的に自らに(戦争という形で)跳ね返ってくる可能性がある。現在、政治家たちがやるべきことは、当該国間のチャンネルを確保しておくこと。(どの国にも対外強硬派と穏健派がいますから)国内の対外強硬派に力を与えないこと。相手の対外強硬派に力を与えるような政策を取らないこと(=相手の穏健派に力を与えること。それもまた情報戦のひとつです)。そして民衆のガス抜きとそれが向く方向のコントロールです。断じてそれに乗っかることではないのです。彼ら政治家は乗客ではなく、舵取りなのですから。
そして僕ら穏健派がやるべきことは、決して強硬派の意見に屈しないこと。熱狂の渦に、そして雰囲気に呑まれてしまわないこと。自国の中と同様、相手国の中にも味方(和平派)を見つけること。信じ続けること。そして、声を上げることです。恐れずに。
Where Have All The Flowers Gone - 梁心頤