星々はそれ自身の存在によって、その概念それ自体を規定する
『次世代エースに関するetc.』
かつて、「ナツのツボミ」という深夜ドラマがありました(2000年日本テレビ系列)。写真部の女子高生四人の夏休み前の何気ない日常を淡々と描くのですが、ただ一つだけ、部員の一人福井裕佳梨さんは夏休み後に転校することを打ち明けられないでいるのです。初夏の淡い彩りと、無邪気な華やかさのなかに混じる一抹の寂しさ。このドラマは、これまでにボクが見たドラマの中でも最も強く心に残っているものの一つです。
なんだか最近、卒業って話ばかりを聞いてる気がしますが、先日、NMB48の「次世代エース」城恵理子さんの卒業が発表されました。城さんが卒業するって話を聞いた時、なぜだか、この「ナツのツボミ」のゆかりん(福井さん)を思い起こしたのです。「NMB48 げいにん!」のドラマパートはお気楽なものですし、漫才パートは全く笑えませんが、それでも(数あるAKB関連の番組の中でも特に)何か魅かれるものがあって…それはきっと、人生の中でも特別な一時期にしか放たれない輝きがそこにあるから。それはたとえば、「ナツのツボミ」や『鉄塔武蔵野線』などから感じられたものです。
「次世代エース」という表現は、たとえばグループ内での立場などを表すためには有効かも知れませんが、アイドルという概念からするとそぐわない感じがします。なぜならばアイドルは瞬間に輝くもの。未来でも過去でもなく、その瞬間の輝きそれ自体がアイドルの存在を規定します。城さんのあの無邪気な笑顔、その輝きは忘れがたいです。たとえ、その陰にいくら苦しく辛いものがあったとしても…