3. ラスターグラフィックス
マス目によって記号内容を配置する可能性を追求していくと、ラスターグラフィックス形式というデジタル画像に行き着きます。ラスターグラフィックスとは、画像を格子状に多くの細密な点(ピクセル/ドット)に分割し、その点の色や濃度をRGB等の表色系を用いて数値として表現するものです。これを分かりやすく理解するために、先ほどの将棋の例を思い起こしていただきます。デジタル画像におけるピクセルが将棋のマス目だと考えてみてください。すなわち共有すべきルールの3つめ、個々の記号内容を配置するルールが、ピクセルの座標に対応します。1000万画素などという言葉を聞いたことがないでしょうか。あの画素というのはピクセルのことなので、画素数というのは、将棋のマスの数に当たるわけです。将棋のマスは81マスですが、最近のデジタルカメラでは1000万画素くらいあるのが通常です。将棋の盤面にマスが1000万個あると考えて見て下さい。同じサイズの盤面ならばマスの数が多ければ多いほど細かいpictureが伝達できるということが直感的に理解できると思います。次に、先ほどの例でいう二つ目のルール、個々の記号が意味する内容を見てみましょう。これは、個々のピクセルに割り当てられた色や濃度になります。ラスターグラフィックスではRGBという形式を用いるのが通常なのですが、このRGB形式ではR(赤)G(緑)B(青)のそれぞれの要素が一つのピクセルにどれだけ含まれるかを数値化することによって色を表現します。つまりpicture伝達ゲームという観点から捉えた場合RGB形式(言ってみればパレットのようなもの)が、記号が参照すべき内容になります。
「電子ライティングにおいては、グラフィックスもテキストも同じ空間に属する」
とジェイ・デイヴィッド・ボルダーが指摘しているように、このような構造を持っているデジタル画像は言葉によって伝達することが出来るはずです。たとえば、一番左の一番上のマス、つまり1の1にRが50、Gが0、Bが200のように伝えることができます。これは一見すると、複数の情報が一つのマスに割り当てられているように見え、第2ルール、個々の記号とそれが示す内容が一致していることに反するように思われるかも知れませんが、これは、たとえばR50G0B200というひとつの記号だと見なすことが出来ます。そのように考えれば個々の記号とそれが示す内容(ここでは色)は一致していると考えることができます。
4.ベクターグラフィックス
さて、もう少し別の可能性を探ってみましょう。レース編みの図案を見てみると、縫い方を記号で指示しているのが分かります。これはラスターグラフィックス的な記号の意味とは少し違うように思います。これは糸の動きを指示したものであり、デジタル画像で言うところのベクターグラフィックス的な記号だと考えられます。ベクターグラフィックスとは、いったいどのようなものでしょうか。これは簡単に言うと、点の座標と、線の属性(線の太さ、色、破線、実線など)、そして、線で囲まれた面の属性を数値で表すものです。つまり、2点間(あるいはそれ以上)を結ぶ線の性質(たとえば線の曲がり方)を記号であらわすのです。非常に噛み砕いて説明するのならば、ラスターグラフィックスは塗り絵に近く、ベクターグラフィックスは線描に近いと言えるでしょう。先ほど見た絵かきうたの「ぷくぅとふくれて」という部分や「ポコンととびだして」という部分は、むしろベクターグラフィックス的な指示だと言えるかも知れません。
5.picture伝達ゲーム
こうして、僕らは言葉によって絵を伝えるという構造の幾何かを理解しました。言葉によって絵を伝えるためには発信者と受信者の間に幾つか共有すべきルールがあることも認識しました。これは、次のように言い換えることも出来ると思います。発信者と受信者の間で、言葉の使い方に関するルールの体系が共有されるならば、その体系の中でのみ絵を伝達することが可能である。個々の体系、すなわち個々のpicture伝達ゲームにはそれぞれルールが決められおり、発信者と受信者がルールを共有することでゲームが成り立ちます。これは言ってみれば閉じられた体系なのです。デジタルカメラで撮られた画像もRGBというルールの中に閉じ込められて初めて伝達される。しかし、この閉じられた体系の背後には世界認識の共通性という可能性が控えています。
これまで人類が行ってきたpicture伝達ゲームの中で、もっとも壮大なものはアレシボ・メッセージでしょう。1974年に25000光年かなたの星に向けて送信されたこの電波メッセージには人類が会得した知識と共に、人の絵が載っています。実際に届くのは25000年後ですし、もし届いたとして、そこで誰かが受信するかどうかも分かりません。また、よしんば誰かが受信したとしても、同じ人類が作ったヒエログリフですら何世紀ものあいだ解読不可能だったのですから、ことなる星の生命体が我々のメッセージを受信したならば、なおさら解読するのは困難でしょう。それでは、なぜ送るか?確認の可能性を信じるからに他なりません。メッセージが発せられる前年、惑星学者カール・セーガンはこんなことを言っています。
このメッセージは、送信側と受信側、双方の文明の共通性に基礎を置いたものとなるだろう。その共通性とは、もちろん話し言葉でも文字でもなく、また遺伝形質のなかの、ごく普通な、本能的意志表現でもない-むしろ、知性ある生物が、真の意味で共有しあうもの-周囲にひろがる宇宙と、科学と数学とを基礎にしたものであるはずである。+や-のような数学的概念がまず送信され、さらにその計画では、絵を構成部分に分解した電波信号が送られて、再構成されると、絵として理解できるような方法も含まれるだろう。
実際に送られたメッセージは次のようなものでした。(wikipedia)からの引用です。
メッセージは1679個の2進数から成っている。この1679という数は23と73という二つの素数の積であり、23 × 73 または 73 × 23 の2通りにしか素因数分解できないことから選ばれた。すなわちこのメッセージは、解読者が信号の2進数列を2次元の四角形に並べ替えることを意図して作られている。このメッセージを23行73列に並べ替えても意味のある図形にはならないが、73行23列に並べ替えると右図のように認識可能な図形となる。-wiki
つまり、この場合、数学的な知識が確認の可能性を与えるわけです。Picture伝達ゲームという観点から言えば、2進法の0か1かが記号内容、記号を配置する規則が素因数分解によって求められるのです。数学が宇宙共有のルールであるということを信じるからこそ、このメッセージは送られたのです。
結論
わらべ歌研究家の尾原昭夫氏は、絵かきうたについて
楽しくうたいながらかいているうちに、「何の絵になるのかな?」というパズル的な興味がある点で、小さい子どもたちに喜ばれています。 尾原昭夫 編著『日本のわらべうた 室内遊戯編』文元社、2009
と言います。個々の記号内容を配置する規則を持つpicture伝達ゲームは一種のジグソーパズルのようなものだと考えられます。答えのないパズルほどつまらないものはありません。もし、このパズルには答えがありませんと言明されていたら、だれが挑戦するでしょうか。もし、だれかが「私が挑戦する」と言ったとしても、その人は、答えがあると信じるからこそ挑戦するのです。そうした確認の可能性こそが、picture伝達ゲームの本質をなすものだという結論を持って発表を終わります。