星を追う子ども | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


『星を追う子ども』

2011年日本、116分

監督:新海誠

主演:金元寿子

概要
 『ほしのこえ』『秒速5センチメートル』などで熱烈なファンを獲得した新海誠監督が手掛ける、孤独な少女の冒険の旅をファンタジックに描くアニメーション。ヒロインがたどる未知の場所への冒険を通して、この世界の美しさや輝きを紡ぎ出す。音楽を担当するのは、これまでの新海作品にも印象的なメロディーで彩りを添えた天門。何げない言葉や風景が繊細に溶け合い、観る者を癒やす独特の世界観に魅了される。(Yahoo!映画より)

はじめに…
 ボクは叶えられなかった自分の夢の一部を誰かに託すということを良くします。それがサッカーだったら中村俊輔だったり宮市亮だったりするわけです。以前、『雲の向こう、約束の場所』のレビューでも書いたように、アニメにおいて、それは新海監督でした。「新海監督が存在することで、僕は自分の映画を撮るということを諦められました。彼が僕が撮りたかったものを全て撮ってくれる。そう信じたのでした。」…という訳で今回は語ります(* ̄艸 ̄)



感想

「絵」
 とにかく、絵の力は凄まじい。一場面一場面、とにかく丁寧に描きこまれている。わずか数秒程度のカットでも、まったく手抜きをしていない。思わず停止ボタンを押してしまいたくなるけれど、そこは何とか我慢。極端な話、新海作品の場合、物語は絵を見せるための添え物にすぎなくてもよいのではないだろうか、そんなことすら感じさせられる。何が起こらなくとも、ただ、絵と音楽が流れているだけで、人を泣かしめることが出来る(←ただ涙腺のゆるい人)アニメでそんなことが出来る人は、世界広しと言えども、そんなに多くはいないんじゃないかと思う。新海さんは、その数少ない一人だろう。彼は映像で詩を詠むことが出来る人だ。

「模倣」
 現代の現実から離れてしまったこと。彼のこれまでの作品では、等身大の世界が描かれていた。しかし、今回は少しノスタルジックかつ、幻想とないまぜになったような楽園的な舞台が設定されている。これもまた、ジブリ的な要素を感じさせる一因かな。『となりのトトロ』に『魔女の宅急便』『ラピュタ』そして何より『もののけ姫』…あ、『ゲド戦記』も入ってら…あ…ちと『精霊の守り人』も入ってるな…それから『時をかける少女』…ん?劇場版の「ドラえもん」(竜の騎士/創世日記あたり)も入ってるか…?

 う~ん…新海さんは、ちとアニメを見過ぎ(影響され過ぎ)なんじゃないかな…ところどころ、何かの影響を受けたような感じがありありと見て取れる。これだけの「目」と「手」を持っているのに勿体ないよ。どこかで見たことのある光景…それが言及するものが現実そのものだった場合、この作品は素晴らしい側面を見せる。一方、それがアニメだった場合、この作品は単なる質の高いイミテーションの側面を見せる。

「もし画家が、他の画家達の描いた絵を模倣したら、すぐれた絵画はほとんど描けない。しかしもし、自然から学ぶとよい成果がえられる。」
レオナルド・ダ・ヴィンチ『アトランティコ手稿』

「世界観」
 「動物/生物」のリアリティのなさ。たとえば、(やはり比べちゃうわけだが)『もののけ姫』における「もののけ」たちは時に気持ち悪くもあったが、まさにその世界に住まうものだった。この作品に描かれた「動物/生物」たちは、一言で言うと、説得力がない。それは人物にも言えることで、これだけ素晴らしい絵の中に、上手く融けこめていない場面がちらほらと見て取れる。

 とにかく、世界観のチグハグさが作品全体の完成度を阻害している。古代文明の筈なのに仏教的な描写が見られたり、日本的な文明と中央アジア的な文明が同居していたり、時代設定の点でもなんか奇妙。絵画表現の上からもその統一が上手く果たされていないし、(神話など)出て来る固有名詞がこの作品の血肉になっていない。そのため、全体が表面をなぞっただけのような印象を与えてしまうのだ。そのことによって、この作品は、現実世界のどこにもない場所を生み出すのではなく、様々な風景の継ぎはぎになってしまっている(⇔ラピュタ)。

 それ自体の世界を作れていないということは、世界観がウリの新海作品としては(これまでには有り得なかったし)致命的な弱点だとも思う。さっきも書いたけど、これまでの新海作品では、いかに設定がSF的であろうとも、現代の日本が必ず原風景として言及されていた。それが作品全体に織り込まれている一条の糸だった。今回は、それがところどころで見失われている。現実と幻想のせめぎ合い、それこそが新海作品の魅力だったのに、片方が失われたことでこのせめぎ合いそのものもまた失われている。

 何かに影響されるとしても、それを自分の中でグタグタに煮込んでしまうことが出来れば、それは自分のものと化す。こういうことを言うのは何だけど、新海さんは、もっと色んなものを見て、色んなことを学んだ方が良いし、もっともっと色んなことについて考えた方が良い。それが自分の、そして作品の血肉となるまで。これじゃ、ただ単に、色んなものを見て、それを描きたかっただけだと思われても仕方がない。
 
 それが何故そうなっているのかを理解せずに、ただそれの表面だけを見て描いてしまうならば、それは作品の中に融けこんでいかない。自分で世界を作り上げる場合は特にそうだ。まず、それがどういう思想で成り立っている世界なのか、どういう神を崇めているのか、気候や地形はどうか、そのような土地で人はどのような服装をしているのが自然か、文化はどうか科学技術はどの程度か、水は豊富なのか乾燥しているのか、牧畜なのか農耕なのか、石の文明なのか木の文明なのか、精霊がいるとすればそれはどういう姿をしているのか、そういう点をきっちり積み上げた上で描かないと、それらは作品の中に融けこんでいかない。宮崎駿という人の何が優れていると言えば、まさにそういった世界創造の力。新海さんには、(宮崎作品の表面ではなく)むしろそういうところを学んでほしい。

「物語」
 物語としては正直、あまり良い話とは思えないし、ほとんど評価はできない。それに、最初に説明しちゃってるから、何だか不思議な感じも謎解きの感じもないしワクワク感が薄い。これは、おそらく見せ方の問題。あまり語り過ぎるのもどうかな。まあしかし、やはり絵はスゴイな…←そこに戻る(笑)これだけの絵を描くことが出来るんだから、いくら作風が似てしまったからといって、世界を生み出すことが出来てしまえば、コピーという批判は回避できた筈。絵が5とそれ以外3で…

☆☆☆☆(4.0)