以下引用↓
カメラマンが見せてくれた「お蔵入り映像」
個人的には報道の権利よりも優先すべきものがあると思っているので、「ラブホをホテル」はしょうがないなあと思うが、「報道の作法」を気にするあまり、本質的なことを報じられなくなるという問題もある。
東日本大震災の発生から1週間後。親しい某ニュース番組のテレビカメラマンから「お蔵入り映像」を見せてもらった。
震災直後、関東某所の避難所に、福島第一原発の作業員が妻と娘をつれて訪れた。彼は協力企業の人間からサーベイメーター(携帯用の放射線測定器)を奪うと、愛娘を調べ始める。すぐに針が振り切れ、ピーピーという大きな音。なだめる協力企業の人間から、「俺は毎日つかってっからわかんだ! やべえだろ、これ!」と怒鳴って取り乱す作業員。震災からまだ1週間ほどだったので、モニターを見て思わず息を呑んだ。
この映像はテレビ局幹部から「あまりにショッキングで、視聴者の恐怖心をいたずらに煽る恐れがある」としてボツになった。「報道の作法」に反するというわけだ。
放射線の人体への影響はいまだに議論があるが、あの時、福島第一原発の作業員がこのような形で避難し、恐怖を感じていたというのはまぎもれない「事実」だ。あれはやはり報じるべきではなかったか、と個人的には思う。
プライバシーや世論の反応を気にして言葉を選ぶのはいい。ただ、「報道」を名乗っているのだから、あまりに度を過ぎて事実から目を背けるというのは、逆に「道」を踏み外していることになるのではないか。
[窪田順生,Business Media 誠]
さて、↑に引用した記事。
「さも、ありそうなこと」だと思われるかも知れませんね。
しかしながら、これが本当かどうかはボクは問題にしません。
問題は、この記事がまったく検証不可能なことです。
第一に、映像の所在が明らかにされていない。
第二に、すべての人物において、名はおろか役職も明示されていない。
第三に、現場の位置も日時すらも明記されていない。
(その避難所に居た目撃者を探すことすらできない。)
「報道の作法」を云々するならば、その映像そのものを提示するか、
(この記事の書き方が卑劣だと思うのは、証明責任を追及されても、
「自分で撮ったのではない」として責任を回避できてしまうことです)
せめて、この記事を読んだ人が検証できるものにするべきでしょう。
このようなやり方は、まったく科学的なやり方ではありません。
結局のところ、この記事が信頼できるかどうかは、
これを書いた記者の信用度ひとつにかかっているのですが、
(つまり、「俺が書いたことなんだから信じろ」と彼は言っているわけです)
このようなやり方でキャリアを積み上げてきた記者の信用度など、
じっさい、どれだけ価値があるものなのか、強い疑問を感じます。
やるんなら、フェアにやりましょう。
そういうことです。