序章
ボルトンの宮市亮選手がプレミアリーグで出場を続けています。今節QPR戦では決勝弾を生む素晴らしいアシストも披露しました。
しかし、この試合、気になる場面もありました。いつもは左サイドハーフに配置される宮市が、この日はチーム事情によって右サイドハーフに配置されていたのです。そして、右サイドでの彼は、とても窮屈そうにプレーをしており、ドリブルを仕掛けても、幾度となく相手DFに阻まれたのでした。
フェイエ時代から感じているのですが、やはり、宮市は、右サイドでのプレーを比較的苦手としているようです。マルティン・ペトロフとの交代でクリス・イーグルスが入ってきた時、「自分が右のままなのか、はたまた、左にチェンジするのか」を聞いていたその真剣な表情が、何よりも雄弁にその事実を物語っていました。
しかし、彼は右利きの筈です。なぜ、右サイドでのプレーを苦手としているのでしょうか。今日は、それを、分析してみたいと思います。
1章~なぜ、右サイドを苦手としているのか~
まず、彼のプレースタイルを振り返ってみましょう↓
「サイドライン際で体を開いてボールを持ち、(右足)インサイド(or左足アウトサイド)で縦に持ちだすか(右足)アウトサイドで中に切り込むかの非常にシンプルなドリブル」注:カッコ内は補足。
2年半前のU17W杯での記事でそのように書いているように、彼のプレースタイルは、ボクが初めて見た高校2年生の時から今に至るまで変わっていません。
ここで大事なのは、宮市のドリブルは基本的に、自分の左側に抜ける方が速いということです。これは、科学的に説明が出来そうなのですが、むしろ、頭の中で足下にボールを置いて頂いて、感覚的に理解した方が分かり易いかも知れません。
たとえば、ボクが(ボクは右利きなのですが)右側に抜けようとすると、左右どちらの足で持ち出すにしても左足が一歩くらい置いていかれる感じがある。一方、左側に持ち出す時には、その感覚は生じません。したがって、やはり左側に抜け出す方が速いのです。
さらに、左サイドでドリブルを仕掛ける場合には、相手に体を寄せられても、右半身でボールを守ることが出来ます。この状況では、相手(たとえば右サイドバック)が右利きであっても、利き足/利き腕同士での競り合いになるので、条件は五分であり、爆発的な瞬発力を持っている宮市が抜け出す可能性は充分に残されています。
こうして、左サイドに配置された宮市が縦に抜け出したい時には、身体を相手(ピッチ内側)に向けながら、相手に二択を迫り、左側に持ち出して一瞬でキュンと縦に抜け出してしまうことが出来る訳です。これは、↑の動画でも再三に渡って映される動きです。
一方、右サイドに配置された時に、同じ動きをしたいとしても、左側に持ち出すのならば、そちらはピッチの中央になってしまいます。宮市は右利きなので、持ち出したとしてもシュートを放てません。したがって、優先順位が高いのは右足でクロスを上げることになります。
右足でクロスを上げるためには、縦に抜け出さなければならないでしょう。しかし、縦に抜け出すためには右側に持ち出さなければなりません。ところが、そちらに持ち出す時には、左側に持ち出すよりも遅くなります。(ツーンとボールを突っついて抜け出す場合は別ですが、その場合、ボールが足から離れてノーガードになってしまうので、よほど、相手の態勢が崩れていない限り、抜けるのは難しいでしょう)
さらに、右側に持ち出して相手に体を寄せられた場合、宮市がボールをガードするのは不得手な左半身になるのですが、通常、右サイドで対面する相手は左サイドバックであり、おそらく、その選手は左利きである可能性が高い筈です。そうなると、相手の方は得意な左半身で対応することになり、宮市は最初から不利な状況で競らなければならないことになります。
また、右サイドでゴール方向を向いて右足でボールを持つと、自身の左側は軸足で、右側はサイドラインで邪魔されるので、ドリブルの進行方向を選択できる角度はさほど広くはありません。一方、左サイドでゴール方向を向いて右足でボールを持った場合は、軸足とサイドラインが同じ方向にあるので、この「邪魔」は片側にしか存在しないことになり、かなり広い角度を進行方向に選択することが可能です。このことは、相手のDFに判断を迷わせる一因になります。逆に言えば、右サイドに宮市がいる場合は的が絞り易い。
(注:記事下に、これに関連したことを追記しました。3/13)
これらのことから、右サイドでの宮市の縦のドリブルは、左サイドでのドリブルよりも威力が半減することになります。このことを悟ったのか、宮市は、QPR戦では途中から縦をあきらめて、中へ中へ(つまり自身の左側へ)と切り込む動きを見せるようになりました。相手の左サイドバックが途中で守備の不得手なタイウォに交代したこともあり、このような動きを見せるようになってから宮市は蘇りました。そして、劇的な決勝弾のアシストへと結びつくことになったのです。
世界最高の選手であるメッシですら同じような特徴を持っているので、(左利きの彼は逆に中央~右側で仕掛けるのが得意のように見えます)この種の得手不得手は、ある意味では止むを得ないことかも知れません。
2章~苦手を克服するために~
それでは、宮市が右サイドをこなすのは不可能なのでしょうか。そんな筈はないとボクは思います。世界には、右利きで右サイドを得意にしているドリブラーが多くいます。彼らのプレーは宮市にとっても参考になるでしょう。プレミアを代表する2人の右サイドハーフのプレーを見てみましょう↓
Antonio Valencia
Aaron Lennon
彼らは世界的にも「最速」の部類に入る選手達だと思いますが、宮市も純粋なスピードでは彼らに勝るとも劣らないものを持っています。しかし、決定的に異なることが一点あります。ここで、最初の宮市の動画と見比べてみて下さい。
異なるのは、その「間合い」です。宮市の場合、かなり相手に近寄った状態から仕掛けています。これは、ドリブラーとしての宮市の間合いと言えるでしょう。(180cmの彼は国内においては恵まれた体格を持っているので、必然的に、そのようなスタイルになったのかも知れません。)
先述したように、左サイドなら右半身を当てて縦に抜け出すことが出来るので、あえて相手DFに近寄っていき、そこから相手の鼻先を瞬間的にかわすのです。こうすると、相手は完全に置き去りになるので、一気にチャンスになります。チェルシー戦で、何もないところからチャンスを作り出したのは、まさに、宮市の、このようなドリブルから生み出されたものでした↓
しかし、先述した幾つかの理由から、よほど態勢が良くない限り、右サイドではこのようなプレーは難しいのです。基本的には相手の方がゴールに近い位置にいるので、いくらずば抜けて足が速い宮市と言えども、それだけで抜き去るのは簡単ではありません。
そこで、先ほどの2人のプレーを見返してみると、かなり、相手との間合いを取った状態で仕掛け始めていることが分かると思います。相手の態勢を見つつ仕掛け、相手の届かないところにボールを置いて、悠々とクロスを上げているシーンが多く見られるのです。そして、相手との間合いを取れない場合は、無理せずに中に斬り込んでいます。これは、宮市のドリブルスタイルと、ある意味では正反対のものです。
もちろん、彼らは強豪チームにいるので、真ん中で味方がボールを支配し、相手が中央に寄った状況の中で、フリーの状態でボールを受けることができるという利点はあります。ボルトンでプレーする宮市に、そのような状況は数多くは望めません。しかし、少なくとも、相手から離れて仕掛けるという発想は、右サイドで仕掛ける上での、ひとつのヒントにはなるのではないでしょうか。要は、左サイドと右サイドで、仕掛けのスタイルを変えれば良いのです。
2012/3/11 flowinvain記
3/13追記
ボルトンの公式HPにQPR戦についての宮市のインタビューが載りました。
"If I'm on the left hand side, I can run inside and take a shot as well.もし、左サイドにいたなら、インサイドに切り込み、そしてシュートを(利き足で)打つことも出来ます。
I find it more difficult to come inside from the right.右サイドでは、インサイドに切り込むのは(左サイドより)難しいと分かりました。
I'm determined to try to work harder and widen the variety of my play.
私は、より一生懸命に努力し、そして自分のプレースタイルの幅を広げようという決心です。
"I wanted to do something on my own, but I often couldn't.(QPR戦で)私は、自分自身で何とかしようと思っていました。しかし、しばしば上手くいきませんでした。
Nigel (Reo-Coker) told me that all the QPR players are wary because of my pace, so what I need is to use my team-mates to my benefit. That was his advice.ナイジェル・レオ=コーカーが「QPRの全選手がキミのスピードを警戒しているから、キミに必要なことは、キミの為にチームメートを使うことだ」と言ってくれました。それが、彼のアドバイスでした。
さて、ここから分かることがひとつあります。それは、宮市が「プレーの選択肢」という問題意識を持っていることです。宮市自身が述べているように、左サイドに配置されたならば、インサイドに切りこんで(利き足の)右足でシュートを放つことができる。当然、相手DFもそれを警戒する。そうすると、今度は縦にも抜けやすくなる。
また、レオ=コーカーのアドバイスもそれと同じ趣旨のものです。自分自身で突っかけてばかりいると、相手はそれを読みやすい。しかし、パスという選択肢も踏まえると、相手は的を絞りづらくなる。したがって、今度はドリブルも仕掛けやすくなる。2人の話を総合すると、次のようになります。
相手は、まず宮市のスピードを警戒して縦を切ろうとしていた。一方、縦を切られた宮市の方は例えインサイドに切りこんでも、自身が右利きのため、シュートを放つイメージが作れない。したがって、何とか縦を突破しようとしたが、やはり跳ね返され続けた。そこで、レオ=コーカーは「縦を警戒されている。周りを上手く使えば、キミに対して的を絞れなくなるから、上手く周りを使いなさい」と助言した。そんな感じですかね。