歴史モノに関するetc3 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


そういえば、この企画をウッカリコンと忘れておりました<(__)>
 
え~と・・・何を話すんだっけな(笑)
 
 
そうそう、桶狭間です。
 
近年、あれは偶然の要素が強かったという説が出て来ています。
 
まあ、基本的に学説なんてものは覆されるためにあるようなもんですから、
 
既存の説に批判が加えられるのは分かるのですが・・・
 
しかし、それも過ぎれば見失ってしまうものも出て来ます。
 
 
いつだか、秀吉が諸侯の前で、こう問いました。
 
「信長公が五千、(蒲生)氏郷が一万を率いて戦ったら、どっちにつく?」
 
秀吉の答えは「信長公」
 
なぜなら、「氏郷が4900まで討ち取っても、その中に信長公はいない」
 
「一方、信長公が100人討ち取れば、その中に確実に氏郷がいる」から。
 
 
・・・この逸話、数字などにも様々なバージョンがあり、
 
有名な話のわりに、どうも出典があやふやなようです。
 
ともあれ、この話は核心をついているように思います。
 
 
それは、織田信長という人のフィロソフィーです。
 
すなわち、「負ける時は最小限に負ける、勝つ時は最大限に勝つ」

 
生涯一度も負けなかったという上杉謙信や立花宗茂と違い、
 
織田信長という人は、割りと良く負けています。
   
でも、決して致命的な負けはしない(本能寺以外) 

基本的には優位な状況以外では戦いを避ける。

しかし、場合によっては寡兵の陣頭に立つことすら厭わない。(天王寺砦)
 

自分の命すら天秤にかけてしまうような、
 
その怜悧な合理主義には戦慄すら覚えます。
 
 
ひいては、それは織田軍団を貫くフィロソフィーだとも言えます。
 
諸将がひとつひとつの城にこだわり、一進一退を繰り返すのに対し、
 
彼にとって、城は、相手の進軍速度を緩めるぐらいの価値しかない。
 
主力は遊軍として各地を転戦し、相手の急所を突いていく。
 
 
みんなが将棋をやっているのに、
 
彼ひとりだけがオセロをやっているようなイメージがあります。
 
 
で、桶狭間です。
 
つづきは次回<(__)>
 
 
・・・なんだか、ここから話が進まないな(笑)