ジョット作 スクロヴェーニ礼拝堂連作壁画 ≪エジプトへの逃避行≫と≪エルサレム入城≫に描かれたロ | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


レポート公開第二弾は美術史のレポートです。

これはですね・・・提出したのが確か1/11。

7日、12日、14日と年明けから発表を立て続きに抱えていたため

まったく時間が足りず、思いつくままにダーッと書いたものです。


とにかく、ロバの話で何とかしようと(笑)書き始めたものの、

いつのまにか構図の話に切り替わっていたり、

参考文献の引用も(ほとんど)していなかったりと、

いま見返してみると、勢いだけで書いているのが明白ですね(* ̄艸 ̄)


(言葉が練られていないので)読み難い上に、長文です<(__)>



ジョット作
スクロヴェーニ礼拝堂連作壁画
≪エジプトへの逃避行≫と≪エルサレム入城≫に描かれたロバついて

イメージ 1
≪エジプトへの逃避行≫


イメージ 2
≪エルサレム入城≫

序章、
 スクロヴェーニ礼拝堂に描かれた連作壁画の内、≪エジプトへの逃避行≫はキリスト伝の一作であり、ヘロデの嬰児虐殺を予見した聖家族がエジプトへと逃亡したという聖書の『マタイ伝』に基づいた場面が描かれている。また≪エルサレム入城≫は同じキリスト伝の一作であり、キリストが弟子を引き連れてエルサレムに入城する『マルコ伝』に基づいた場面が描かれている。

 この2作品を見比べてみて、共通点としてまず目に付くのはロバである。≪エルサレム入城≫には2頭のロバが描かれており、大きなロバの他に画面左下にも小さなロバが描かれている。しかし、ここの部分は非常に状態が悪い。ここでは大きい方のロバを考えてみたい。このロバと≪エジプトへの逃避行≫に描かれたロバは非常に良く似ている。これら2頭のロバが実際に同じロバを描いたのかどうなのかは定かではないが、毛の色や模様、目の形状や全身のポーズに至るまで、瓜二つと言っても良いだろう。ともあれ、描かれたロバという観点から≪エジプトへの逃避行≫を中心に幾つか考えられることを見ていこう。


1章、作品として見た場合の2頭のロバの差異
 非常に似た2頭のロバであるが、幾つかの点で違いがある。保存状態や筆者が見た図版の影響かも知れないが、≪エジプトへの逃避行≫のロバの方がより毛並が細やかに描かれている。毛並の美しさや微笑んでいるように見えつつも締りのある表情、しっかりとした足取り、そして全体のバランス、これは、実際のロバをとても良く観察して描かれた、極めて優れた描写の絵だと筆者は思う。一方、手綱と顔を結んでいる道具の三角部分の底辺の長さ、そして脚の長さとの比較で判断すると、≪エルサレム入城≫に描かれたロバの方は、≪エジプトへの逃避行≫に描かれたロバよりも、体に比べて、やや顔が長い/大きいようだ。実際のところ、体と顔の長さ/大きさのバランスが少しおかしいようにすら筆者の目には見える。また、こちらのロバは表情的にもやや締りのない顔をしている印象を受ける。一見まったく同じ恰好をした2頭のロバに見られるこの描写力の差は一体どうしたことだろう。これは筆者個人の感想に過ぎないのだが、ただ単にロバの絵として比較してみた場合、どうも≪エジプトへの逃避行≫に描かれたロバの方が遥かに優れた絵のように思える。

 「もし画家が、他の画家達の描いた絵を模倣したら、すぐれた絵画はほとんど描けない。しかしもし、自然から学ぶとよい成果がえられる。ローマ人以後の画家達はお互いに真似をしあい、時代をへるにしたがい芸術を衰退に導いていった。彼らの後にフィレンツェ人のジョットがやって来た。彼は師匠のチマブーエの作品を模写するだけでは満足しなかった。さびしい山の中に生まれ、山羊の番をしながら、山羊達の動きを石に描くことから始めた。勉強にはげんだ後、彼の時代の画家達だけでなく、過去何世紀もの画家達を凌駕した。彼以後美術は再び衰退した。というのは、すべての人が描かれた(彼の)絵を模写したからである。」
レオナルド・ダ・ヴィンチ『アトランティコ手稿』

 というレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉があるが、筆者は≪エジプトへの逃避行≫のロバはジョットが実際のロバを観察して描いたロバ、≪エルサレム入城≫のロバは≪エジプトへの逃避行≫を参照に描いたロバのような気がするのだが、どうだろうか。なによりも、この2頭のロバは似過ぎているのだ。そして、似ているにも関わらず、作品として見た場合には、≪エジプトへの逃避行≫のロバの方が遥かに優れている。≪エルサレム入城≫のロバを見ていると、なんだか、優れた画家の作品を模倣した別の画家の作品のように思えてしまうのだ。しかし、これは筆者の個人的な感想に過ぎないので、ここでは断定は避けよう。


2章.動きという観点から見た2頭のロバ
 続いて、動きという観点からロバを見てみよう。≪エジプトへの逃避行≫ではロバの全身が描かれているのに対し、≪エルサレム入城≫のロバは後ろ半身がキリストの弟子たちに遮られていて見えない。動きという点から考えるとロバの四肢がすべて描かれている≪エジプトへの逃避行≫の方が動的な印象を与える。まずは、こちらの作品を動きという観点から考えてみよう。

 この作品では、宙に浮いたロバの右前脚が動作途中の不安定感を演出しており、その不安定感こそが右へと進む動的な方向性の源泉を担っている。同様に、歩いている人物たちの足元に注目してみると、後ろの方になっている足は例外なくかかとが上がっている。これもロバの右前足と同じように不安定感を演出し右へと向かう方向性を生む同じ効果を担っている。また、聖母の視線とロバの視線が一致しており、向かう先が極めて明確に示されている。キリストは聖母にしっかりと結び付けられており、聖母はキリストをしっかりと抱きしめている。まさに、山道をゆっくりと着実に進む聖母子とロバといった印象だ。(先生が授業でも仰っていたように)マリアの衣服、ヨセフの衣服、背景の岩山などが右向きの三角形で描かれており、右へ進む方向性が強調されている。付け加えるならば、岩山の上に描かれている木々も右に流れるように描かれている。つまり、木の中心が左に膨らんだ弓なり状に描かれているのだ。例外なく、すべての木が根本から一端、左に向かって伸びており、そこから右に向かって徐々にカーブを描いている。このように描かれて生じた効果は、風の示唆であろうと筆者は考える。この場所では左から右へ向かう強い風が吹いているようだ。画面の右上には聖家族を導く天使が描かれているが、翼を持ったこの天使は、あたかも風に乗っているかのような感じを受ける。天使の下方に目をやると、黒衣の人物がロバの手綱をしっかりと握っており、綱を下方向に引っ張っている、これが下方への引力を生み、これによって、一種のブレーキのような効果を生んでいる。右へ向かう単純な動きにしっかりと地に足を着けた着実な足取りという印象が付け加えられているのだ。また、聖母の衣と背後にそびえる岩山は色合いがほぼ同じであり、あたかも岩山が聖母子を包み込むかのような役割を果たしている。この作品には動作途中の足の不安定感から生み出される右への方向性と共に、どっしりとした安定感が共存している。

 一方、≪エルサレムへの入城≫を支配しているのは視線のぶつかり合いの構図だ。キリストとその弟子たちの視線と、出迎えるエルサレムの人々の視線が交錯する。このロバは前へと進み出そうとしているが、そこにはエルサレムの人々がいる。キリストを出迎えるためにエルサレムの子供たちが衣服を脱いでロバの足下に敷いたという聖書の逸話に基づいて、ロバの足下に衣服を敷こうとする子供たちが描かれているが、この衣服を脱いで敷こうとする子供たちと出迎えるエルサレムの民は段階的に右が高くなるように描かれており、その末端にはエルサレムの城門が見えている。構図的には≪エジプトへの逃避行≫は聖母子が中心に位置しているのに対し、≪エルサレム入城≫ではキリスト前方の空間が中心に位置している。この空間はキリストが上方へと進む予感を生む。このことによって、ロバがあたかもそれら出迎えた民の道を乗り越えてエルサレムに昇りながら入って行ってしまいそうな印象を覚える。また、聖書の逸話に基づいて棕櫚の木に登る子供たちが描かれているが、これが上昇の方向性を強調している。≪エジプトへの逃避行≫は右だとすれば、≪エルサレム入城≫は右上というのが、鑑賞者が感じる絵の方向性である。

 なぜ、両者とも右へ向かって描かれているのかという説明に関しては幾つか考えられる。まず、この連作壁画自体が右へと物語が進んでいく、つまり右へ向かって読み進んでいくからという説明がひとつ。これは、元来、西洋の文が左から右へと読むものだからという事実に由来していると考えられる。もうひとつは「right」が「正しい」という意味を持つように、西洋においては、右側が正しい方向とされていることに由来していることなどが考えられるだろう。