
今回の舞台、猫のピートを大男の筒井くんが演じている。これはかなり割り切った配役だ。結果から言えば、半分くらいは成功しているように感じる。デカい猫というのがひとつのネタになっていて、それを起点に笑いが生じる。ただ、なんというか、『夏への扉』を象徴づけるあの空気、ピートとダン(主人公)の友情、冬の寒さ、夏への憧れ・・・そういったものは、やはり描き切れなかったように思う。少し「詩」が足りない。
トータルとして見れば60点くらいの出来かな・・・まあ、あの原作を100点満点で舞台化出来てしまうのならば、演劇史に残るような舞台だということになってしまうのだけど。
『夏への扉』
ロバート・A・ハインライン著/福島正実訳
~冒頭抜粋~
六週間戦争のはじまる少しまえのひと冬、ぼくとぼくの牡描、護民官ペトロニウスとは、コネチカット州のある古ぼけた農家に住んでいた。価よく貸すというわけにはいかないだろう - が、当時ぼくら - つまり、ぼくとピートは気に入っていた。下水がなかったので家賃は安かったし、居間だった部屋に置いたぼくの製図机に、冬の陽ざしがよく当たった。
ただし欠点があった。この家は、なんと外に通ずるドアが十一もあったのである。
いや、ピートのドアも勘定に入れれば十二だ。ぼくは、いつもビートに、専用のドアをあてがってやることにしていたのだ。この家の場合には、使わない寝室の窓に打ちつけた板切れでそこに、ちょうどピー卜のヒゲの幅にねここしを切ったのである。なぜこんな面倒をしたかといえば、今日までぼくはあまりに多くの時間を、描のためにドアをあけたり閉めたりすることに消費しすぎていたからだ!ぼくが一度計算したところによると、文明の曙光が射してこのかた、人類は九百七十八(人間)世紀分の時間を描にかまけて費やしてきているのだ。なんなら、もっと詳しい数字を挙げてみせてもいい。
わがピートは、人間用のドアをあけろとせがむ場合は、遠慮会釈なくぼくの手を煩わせたが、それ以外は、ふつうこの自分用のドアを用いた。ただし、地上に雪の積もっているあいだは、絶対に自分のドアを使おうとはしなかった。
綿毛の化物のような仔猫時代から、ピートはきわめて単純明快な哲学を編みだしていた。住居と食と天気の世話はぼく任せ、それ以外の一切は自分持ちという哲学である。だがその中でも、天気は特にぼくの責任だった。コネチカットの冬が素晴らしいのは、もっぱらクリスマス・カードの絵の中だけだ。その冬が来るとピー卜は、きまって、まず自分用のドアを試み、ドアの外に白色の不愉快きわまる代物を見つけると、(馬鹿ではなかったので)もう外へは出ようとせず、人間用のドアをあけてみせろと、ぼくにうるさくまつわりつく。
彼は、その人間用のドアの、少なくともどれか一つが、夏に通じているという堅い信念を持っていたのである。これは、彼がこの欲求を起こす都度、ぼくが十一カ所のドアを一つずつ彼について回って、彼が納得するまでドアをあけておき、さらに次のドアを試みるという巡礼の旅を続けなければならぬことを意味する。そして一つ失望の重なるごとに、彼はぼくの天気管理の不手際さに咽喉を鳴らすのだった。
こうして見極めがつくと、それきり屋内に閉じこもり、生理的要求がぎりぎりの線に来るまでは絶対戸外に出ようとしない。外へ出て帰って来ると、四肢趾に雪が凍りついて、板敷の床の上に木靴でもはいているような音をたてる。そして、ぼくをにらみつけ、その氷を残らず舐めてしまわないうちは、ばくがどんなに機嫌をとろうが決して咽喉など鳴らさない - 舐め終わると、またつぎの要求の時まで、仲直りする。
だが彼は、どんなにこれを繰り返そうと、夏への扉を探すのを、決して諦めようとはしなかった。
そして一九七〇年十二月の三日、かくいうぼくも夏への扉を探していた。