読書に関する長い話 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


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大学に入って以来、「勉強のために」であるとか「レポートのために」であるとか、

「ために」する読書が増えていて、どうも近視眼的になっている気がする。

そんなわけで、この春休みは何も考えずに、ただ小説を読みたいと思った。


さて、いざ小説を読み始めようとしても、何を読んだら良いか迷ってしまう。


ぼくの場合、なにか「取っ掛かり」がないと小説は読めない。

ところが、この「取っ掛かりの間口」、ぼくの間口はとても狭い。

そもそも、国語の授業なんて受けた記憶が(ほとんど)ないから、

いわゆる文豪と呼ばれる人たちの作品すらほとんど知らないのだ。

そんなこんなで、ぼくの本棚にはSF小説と歴史小説ばかり並んでいる。


ここらでいったん、原点に帰ってみたいと思う。

ぼくが生まれて初めて読んだ「本」は、たぶん『モモ』だった。

絵本や図鑑とは違い、字だらけの「それ」はかなり窮屈に思えた。

たぶん、自分じゃ読めなかったんだろう。親に読んでもらった気がする。

どれだけ理解していたのか。いま考えると、かなり深い内容の本だ。


翻って、3年生最後のレポートは「ドイツ文学について」という課題だった。

ぼくは、『モモ』の著者M・エンデの『はてしない物語』をテーマにした。

すると、エンデの問題意識と、ぼくの今の問題意識が近いことに気付いた。


つながっていくこと・・・


ある対談で、エンデはガルシア=マルケスのことに触れていた。

そういえば、ガルシア=マルケスを日本に紹介したのは安部公房だったな・・・


ぼくは安部公房という作家が好きだ。

読み始めたきっかけは、ヴァーツラフ・ハヴェル(元チェコ大統領)だった。

ビロード革命の旗手だった作家ハヴェルは安部公房を敬愛していた。


さらにさかのぼると、それは、ぼくの原風景に関わってくる。

ぼくが小学生だった当時、ベルリンの壁が崩壊したことを初めとして、

ビロード革命やソビエト連邦の崩壊など、一気に時代が動いていった。

中学生当時のオスロ合意リレハンメル五輪などと並んで、

それら一連の事象は僕の原風景を形成している。


ぼくが東欧諸国をノスタルジックな感情と共に思い起こし、

ハヴェルを敬愛し、その著作を読み、ネドベド(元サッカー選手)を応援し、

このブログでも東欧系の曲を流すのは、その辺りの背景も影響している。

いま(ぼくが小学生)だったら、エジプトなどに興味がいくのかも知れない。


つながっていくことが、ぼくの世界を押し広げていく。


よし、決めた。←前置きが長い<(__)>

ガルシア=マルケスを読もう。