
大学の図書館に『MAGNUM×MAGNUM』という写真集が置いてある。
568ページの大型本、持ち歩くのにも一苦労する。
写真家集団MAGNUMの作家たち、ひとりにつき4~5点の作品が掲載。
568÷5で、およそ100人くらいの作家が掲載されている計算になるだろうか。
その中で、ぼくの心を強く打った作家がひとり居る。
「ポール・フスコ(Paul Fusco)」→過去記事
フスコのまなざしは、なにか、ぼくの心の奥深くに突き刺さる。
東京都美術館で開催中の展覧会「スナップショットの魅力」では、
ロバート・F・ケネディの葬儀列車から撮ったシリーズ≪RFK≫が
ひとつの部屋を丸ごと使って展示されている。
Paul Fusco
≪RFK≫シリーズ(ポスターより)

「見るものと見られるもの」・・・視線が二重化されていく。
フスコのまなざし、アメリカの一風景。記憶。
スナップ・ショットを観るということ。
それは、「過去のまなざし」と「現在のまなざし」を重ね合わせること。
重なり合う瞬間と瞬間。
それらの瞬間には常に「物語」が存在している。
瞬間を通じて、僕らは過去(物語)へと引きずられる。
物語の生じない時代。
ここ数年、ぼくは自分の写真から、
物語性を排除しようとしてきた。
物語を否定して、光へと還っていく。
それは、詩の否定にも繋がっていく。
それが正しかったのか、それは分からない。
おなじみのカルティエ・ブレッソンや木村伊兵衛の他にも、
ライアン・マッギンリーなんかも良かったな・・・