flowinvainさん、ヘーゲルに反論する2 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
 

 
.反論者自身による部分的再反論
 
ただし、これには再反論が可能です。本文189ページ最後の行からの引用文に、
  
芸術は、それが・・・哲学と共通の円環に属し、・・・精神の最も包括的な真理を意識化し表現するときに、初めてその最高の使命を成し遂げる。・・・この使命を芸術は・・・哲学と共有している、ただし芸術の独自性は(哲学のように概念的に把握するのではなく)感性的に呈示するという点にある。
テキスト、Pp.189-190
 
とあるように、芸術が感性的側面を、哲学が概念的側面を、それぞれ担当すると考えるのならば、芸術と哲学の共通の対象である絶対者は、古代ギリシアにおいては、感性的存在であるオリュンポス神と概念的存在であるモイラとに分割されており、それゆえに古代ギリシア芸術はオリュンポス神のみを自らの対象として感性的に呈示することが可能であった。そう考えるならば、芸術の対象となる絶対者は彫刻の対象となった神々にのみ収斂されうるのではないかと考えることも可能でしょう。
 
 
.反論者自身による部分的再々反論
 
これに答えるために、キリスト教芸術について考えてみましょう。元来、キリスト教においては偶像崇拝が禁止されているので、いわゆるイコン(聖像)を巡っては様々な議論がありました。結果、中世初期のビザンティン帝国におけるイコノクラスム(聖像破壊運動)という事態に陥るのですが、その、いわば芸術の危機と言える事態を救ったのは、神の子であるキリストの受肉という事実そのものでした。つまり、物質は神を現すことが出来ると考えられたのです。たしかに、キリストが十字架を背負って描かれるように、キリスト教芸術には概念的な側面が暗示されていることを僕は否定しません。しかし、結局のところ、キリスト教芸術の対象もまた、感性的側面だったのではないでしょうか。三位一体というややこしい概念を発明したキリスト教ですが、キリスト教絵画に描かれるのは多くの場合(人間としての)キリスト、もしくは聖人たちであり、父なる神が描かれる場合にも、それは恰もゼウスのように個性を持った存在として描かれるのが常でした。再びコーンフォードを引用してみましょう
 
キリスト教祭儀の真に生きた対象は現実の男や女たち-処女マリア、その息子キリスト、聖人、殉教者の群像であって、三位一体の他の二存在や、そのうちにキリスト教教父たちが異教のダイモーンを認めた天使ではないのです。
F.M.コーンフォード、前掲書、p.145
 
コーンフォードがキリスト教祭儀の真に生きた対象は現実の存在だったというように、キリスト教芸術にも、絶対者としての神それ自身は現れません。なぜならば、それは元来、形を持たないからです。従って、絶対者それ自身は聖書などの書物にのみ現れていると言い得るでしょう。それは、古代ギリシアにおいて、詩劇の中にのみ支配者としてのモイラが現れていることと区別できないことになります。我々は、古代ギリシアにおけるモイラという概念が感性的な神の上位に位置することも先ほど見抜いておきました。従って、個性を持った存在としてのキリストを感性的に呈示することが可能だったという点において、キリスト教絵画と古代ギリシア彫刻との間に何らの差異を認めるものではありません。つまり、ヘーゲルが、キリスト教においては概念的存在を対象(絶対者)と捉える一方で、ギリシア宗教においては感性的存在を対象(絶対者)と捉えているのは全く恣意的だと考えられるのではないか、というのが再反論に対する答えになります。もし仮に、キリスト教芸術と古代ギリシア芸術のあいだに差異を認めるのであれば、そこには何か別の原理が見出されなくてはなりません。しかし、この反論では、そこまでは立ち入らないことにしましょう。
 
 
.ディオニュソス的なもの
 
さて、ここまでは運命という概念について考えてきましたが、さらに付け加えるならば、古代ギリシアにはオリュンポス神と神秘神という無視できない区別があったことも指摘できるでしょう。ニーチェがアポロン的なものとディオニュソス的なものと呼んだこの区別は上下の関係ではなく、並列的な関係として捉えられるものです。ニーチェは、
 
 ギリシア世界のなかでは彫刻家の芸術、つまりアポロン的芸術と、ディオニュソスの芸術としての、音楽という非造形芸術とのあいだに、起源から見ても目的から見ても巨大な対立が成立する  
F.ニーチェ、前掲書、p.29
 
 と指摘していますが、これに従えば、ディオニュソス的な芸術とは非造形的な芸術だということになり、オリュンポス神を現した造形芸術とは異なることになります。さらに、コーンフォードは
 
ディオニュソスは、彼の崇拝がオリュンポス宗教の祭祀で汚染されたときでさえ、けっして完全にはオリュンポスの神にはならなかった 
F.M.コーンフォード、前掲書、p.144
 
と述べていますし、イギリスの古典学者マレーはアテネの三つの大きな祭り、ディアシア、テスモポリア、アンテステリア(これはディオニソスの祭りです)について考証し、次のように結論します。
 
こうしてこれらの大きな祭の各々で私たちはオリュムポスの神々が消え去るのを見るのです。 
ギルバァト・マレー著/藤田健治 訳『ギリシア宗教の五段階』岩波書店、1971、p.36
 
ここにおいて明らかになってくるのは、オリュンポス神が(ひいてはオリュンポス神を現した古代ギリシア彫刻が)古代ギリシア宗教のある一側面しか体現していないという事態です。
 
 
結論
 
ヘーゲルの誤りは絶対者という言葉でオリュンポスの神々を包み込んでしまい、それを古代ギリシア宗教の精神とイコールで結んでしまったことにあります。それは、古代ギリシアにおける宗教の一面だけを捉えたものでした。古代ギリシアの宗教においては、絶対者と呼べる存在を彫刻の対象となった神々のみに収斂することは出来ない、という結論を持ってこの反論を終えます。
 

 
おまけ
 発表の時に言いそびれたこと(笑)
 
 日本を例に考えてみましょう。ギリシア彫刻を仏像に、ディオニュソスを神道の神と置き換えて見て下さい。ヘーゲルは、「仏像は日本の絶対者を現したもので、日本の芸術(つまり仏像)は日本の宗教そのものである。」と言ったことになります。これはちょっと違和感を覚えますよね。確かに、神道のある部分は仏教に吸収されました。ギリシアにおいてもディオニュソスはギリシア神話に吸収され、オリュンポス神の一員として登場しますし、実際、ギリシア彫刻としてもディオニュソスを登場します。しかし、これはギリシア神話化したディオニュソスであって、ディオニュソスそのものではないのです。日本においても神は仏像として表現されました。いわゆる「神像」と呼ばれるものです。しかし、一方で神道それ自体の祭祀が途絶えた訳ではないのです。ご神体に対する敬いや祭りという行事、日本の文化に神道は深く根付いています。ヘーゲルが「仏像が日本の宗教を(そして日本人の精神を)すべて現しているんだ」と言ったとしたら、「それは違う」と日本人なら言いたくなるのではないでしょうか。僕の反論点も、まさに「そこ」にあるのです。