≪突入せよ!「あさま山荘」事件≫ レビューの続き・・・
ところが、この映画は意外に評価が低い。
不思議に思ってレビューを見たところ、
どうも、映画自体の出来ではないところで評価を下げているようだ。
注:ここから↓の文章は不愉快に感じる可能性があります。
閲覧には十分ご注意ください<(__)>
※
『プロパガンダ』
不思議に思ってレビューを見たところ、
どうも、映画自体の出来ではないところで評価を下げているようだ。
注:ここから↓の文章は不愉快に感じる可能性があります。
閲覧には十分ご注意ください<(__)>
※
『プロパガンダ』
低評価レビューのなかで多く見かけたのは、
これは権力側(体制側)からしか事件を見ていないって批判。
この映画は体制側のプロパガンダ映画なんだと。
(あるレビューでは)
事件を一方からしか見ていないと批判したあげくの果てに
(赤軍派内部の若者たちを描いた)
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』の方が遥かに必見だって。
まったく・・・(自分が言っていることの意味に気付いてないのかな?)
あのさ・・・(『実録〜』は別として)
客観的な視点を持った作品っていうのはあるし、
そういう作品に価値があることも否定しない。
だけどさ、主観的な立場に立った作品があって何が悪いの?
歴史的事件を当事者である佐々淳行から見た視点で描いた作品は、
それはそれで非常に価値があると思うが?
たとえば(特に戦前/戦時中)のことを自ら回顧した本に対して、
「あいつは自分に都合の良いことばっかり書いてけしからん」
って批判があるけどさ・・・別にかまわなくないか?
誰にだって、自分の立場を擁護する権利はあるんだし、
(なんのために弁護士って職業があると思ってるの?)
要は、見る人が(言い換えれば裁判員が)
たったひとつだけの情報で判断しなければ良いだけの話。
(あまり大きな声では言えないけどさ)イスラエルなんて
映画を使って(ムチャクチャ)プロパガンダしてるでしょ。
彼らにはそれをする権利があるんだよ。(当然、ぼくたちにも)
マスメディアは「政府を批判することが客観的ということ」だって勘違いしてるけど、
政府にだって自らの立場を擁護する権利はあるんだよ?
日本人は情報戦に弱いって良く言われるけど、
自らの立場も言えないようじゃ話にならんのよ。
ある立場に立ったものを頭から否定してちゃ話にならんのよ。
まあ、人の評価なんてどうでも良いっちゃどうでも良いんだけどさ・・・
P.S.
官僚っていうと目の敵にする人がいるけど、あれってなんなんだろうね。
官僚(の価値)なんて、要は使いかたしだいでしょ?