5.モダニズムの中のラオコーン問題(pp.126-128)

アメリカの美術批評家グリーンバーグは1940年のエッセイ『さらに新たなラオコーンに向けて』において、レッシングのラオコーン論の欠陥を指摘しました。グリーンバーグは、「レッシングは芸術の混乱が存在していることは認識していたが、ただ文学の観点からのみ悪影響を見ている。また造形芸術についての見解は、彼の時代における典型的な誤解を示すにすぎない」と言います。グリーンバーグによれば、レッシングの時代にはヨーロッパの支配的な芸術ジャンルは文学であり、17-18世紀の西洋絵画が何よりも強く求めたのは文学の効果でした。その状況において、主眼とされる問題は(写実的な模倣が当然とされているので)、詩的効果のために主題を解釈する芸術家の能力となります。そして、芸術家が解釈した主題を鑑賞者に直接的に伝えるために媒体の透明性が重要視されていました。僕らがレッシングの論を見てきた時には記号と呼び習わしてきたものは、ここでは媒体と言い換えられていますが、小田部氏は本章の後半(p.129、6行目)で「芸術の媒体としての記号」という言葉を使っているので、ここは置き換えて考えてしまっても差し支えないでしょう。ともあれ、この媒体、あるいは記号の透明性をレッシングが重要視してきたことは、先ほどから見てきた通りです。
グリーンバーグによれば、レッシングに代表されるような絵画に対する考え方は、クールベを嚆矢とするアヴァンギャルド運動によって乗り越えられていくことになります。19世紀フランスの写実主義画家クールベは眼で見たものを機械的に描き、主題として散文的な同時代の生活を取り上げ、絵画を精神から物質の中へ逃しました。散文的な主題は以前から存在しましたが、≪オルナンの埋葬≫によって同時代の散文的な主題を意図的に荘重な歴史画として描き主題偏重の絵画を批判したクールベはアヴァンギャルド運動の嚆矢と呼ばれるに相応しいと言えるでしょう。これは、絵画が、文学の支配から自由になろうとする運動であったとも言えます。それと同時に、クールベの絵にはある種の平面性が表れ始め、やがて時代が下るに連れてアヴァンギャルドの絵画は、画面そのものが平面化していき、鑑賞者にイリュージョンを感じさせる奥行きが押しつぶされていきます。絵画が純粋に絵画それ自体になっていくのです。本章に従えば、「模倣から、また模倣とともに『文学』からも自由となり、さらには絵画と彫刻の間の混乱からも自由となる(p.127)」ことこそアヴァンギャルドの絵画の特質をなすのです。
このような絵画の歴史的展開を踏まえた上で、絵画が他の芸術から自由となり芸術ジャンルとしての純粋性を獲得するために強調されるべきなのが媒体の不透明性だとグリーンバーグは主張しました。本章127ページ6行目から7行目に引用文には、次のように書かれています。
それぞれの芸術[ジャンル]はその媒体(medium)のゆえに固有であり、厳密な意味においてそれ自体である。ある芸術[ジャンル]の独自性を回復するには、その媒体の不透明性が強調されなくてはならない。それでは、媒体の不透明性が強調されるとは具体的にはどういうことでしょうか。ここで、また例を見てみましょう。(資料☆3/☆4)非常に拡大した一部分ですが、片方は17世紀の絵画、もう片方は印象派の絵画です。絵がより「対象そのもの」(ここでは手)に見えることが媒体の透明性が高い(つまり、媒体の不透明性が強調されない)ということになります。一方、絵画がより「媒体そのもの」(ここでは絵具)に見えることが媒体の不透明性が高い(つまり、媒体の不透明性が強調される)ということになります。資料☆3Bartolome Esteban Murillo
≪The little Fruit Seller≫(部分)1670/75oil on canvas, 149x113cmAlte Pinakothek, Munich資料☆4Fritz von Uhde
≪Two Girls in the Garden≫(部分)
1892
Oil on Canvas, 145.5 x 117.2 cm
Neue Pinakothek, Munich
6.芸術の国境を越えること(pp.128-130)

こうして、グリーンバーグの『新たなラオコーン論』とレッシングの『ラオコーン論』との根本的な相違が明らかになったようです。詩に対しても絵画に対しても記号が透明になり、イリュージョンを引き起こすことを求めたレッシングにとって、ラオコーン論とは、同じ目的へいたるための手段を論じたものだと言えるでしょう。一方で、グリーンバーグの新たなラオコーン論はそれぞれの芸術ジャンルの独自性を保つために、イリュージョニズムを批判し媒体の不透明性を強調したということになります。
また、グリーンバーグは、「現在(というのは1940年のことですが)芸術はそれぞれ法的国境の中では安全であり、自由貿易に代わって専制政治になっている」と主張しますが、一方のレッシングは絵画と詩の関係について、「他方の国の中心部において勝手放題に振舞うことは許されないが、遠い辺境地方における些々たる権利侵害は、互に大目に見てそのままにしておくような、二つの公平で親しい隣接国」にたとえています。レッシングは言います。
絵画は、その共存的な構図においては、行為のただ一つの瞬間しか利用することができない。したがって、先行するものと後続するものとが最も明白となるところの、最も含蓄ある瞬間を選ばなくてはならない。同様に文学もまた、その継時的な模倣においては、物体のただ一つの性質しか利用することができない。したがって、文学がその物体を必要とする側面から、その最も感覚的な姿を呼び起こすような性質を選ばなくてはならない。(レッシング著/斎藤栄治 訳『ラオコオン』岩波書店、1970)
このように、レッシングは絵画が行為と、詩が物体と関連することを否定しません。さらにその上で空間的な絵画がどのように時間性と、時間的な詩がどのように空間性と関わるかを論じるレッシングにとってラオコーン問題とは、芸術ジャンルを相互に区別するものであるばかりか、芸術ジャンル間の相互干渉を主題とするものであると、本章は述べています。
まとめ
本章の最後は小田部氏による次の言葉で締めくくられています。
レッシングの考え方はモダニズム以前のものであるが、しかし、モダニズムの成立とともに過去のものになったとはいえない。むしろ、芸術ジャンル間の相互干渉を主題とする点において、『ラオコーン』は今なお多くの示唆を含む書物であり続けている。(p.130)参考文献
レッシング著/斎藤栄治 訳『ラオコオン』岩波書店、1970
E・バーク著/鍋島能正 訳『崇高と美の起源』理想社、1973
C・グリーンバーグ著/藤枝晃雄 編訳『グリーンバーグ批評選集』勁草書房、2005

