じいさまと和辻 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
 
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僕の祖父は田山花袋の『田舎教師』に憧れて、
 
本当に田舎教師になってしまった人だった。
 
 
「根っからの風来坊」で、
 
夏休みになると妻(祖母)の実家に娘たちを預けて、
 
教え子たちを引き連れて山登りに行ってしまうような、
 
そんな教師だったそうだ。
 

祖父の秘蔵っ子だった僕。
 
(理由は単純で、
 
男の子が欲しかった祖父だけど自分の子はみな女の子。
 
そして僕は末娘が2度流産した後に産んだ長子だった。)
 
僕が12歳のころに祖父は他界した。
 
僕が祖父から昔の話を聞く機会はなかった。
 

あれから長い時が過ぎて、僕は大学生になった。
 
歴史好きだった僕は当初、史学系の学科に進む積もりだった。
 
絵を見るのは好きだったし、哲学的な思考は身についていた。
 
それでも、それが何かに結び付くなんてことは考えてもいなかった。
 

芸術学科なるものが存在することを知ったのは、オープンキャンパスでのこと。
 
話を聞いて僕が思い起こしたのは和辻哲郎の『古寺巡礼』だった。
 
「これこそが僕のやりたかったことだ。」
 
そう感じた僕は、そのまま入学を決めてしまった←考えなし(笑)
 

そんな訳で、入学した当初は日本美術を専攻する積もりだった。
 
美学が面白い(そして自分に向いている)と気付いたのは入学後だった。
 
ひとつのきっかけで次のきっかけが、そうやって人生は進んでいくんだろう。
 

去年、十数年ぶりに故郷の祖父の家に行った。
 
今は誰も住んでいない祖父の家。
 
本が堆く積まれた倉庫で、幾つかのアルバムと和辻の『古寺巡礼』を見つけた。
 
写真が趣味だった祖父は良く写真を撮っていて自分で現像もしていたようだ。
 
 
戦時中に撮られたアルバム(既に教師だったが徴兵で満州に居た)には、
 
「彼が一度奈良期美術から説き起す あの熱を帯びた、(一字不明)
 
常に学的冷静さを欠かない落付きを、俺達はむしろ憎い程に羨んだものだ。」
 
という(文才溢れる)戦友からの書き寄せがあった。
 
 
なんだか不思議だった。

今の僕の年の頃に祖父も『古寺巡礼』に憧れていたんだ。
 
大学に入学してから倉庫で見つけた『古寺巡礼』
 
芸術学科に進んだことを、祖父が祝福してくれたような気がした。
 
僕は、その『古寺巡礼』を形見代わりに貰うことにした。
 

(戦後に生まれた)母が幼いころ、
 
祖父はオリンパス・ペンを使っていたらしい。
 
僕は自分の初めてのデジイチをオリンパス・ペンにした。
 
 
僕は今、右手に『古寺巡礼』を、
 
左手にオリンパス・ペンを持って
 
人生を歩んでいる。
 
 
何だか不思議な血の因縁を感じる。
 
そして(僕の体に間違いなく流れている)その血が、
 
道に迷った僕を導いてくれたような気がするんだ。