注:今回の記事はイデオロギーの話なので、閲覧にはご注意ください。
『保守派宣言』
いつの頃から、変わることを恐れるようになったのだろう。
メディアでは、民主党の大勝が予測されている今回の選挙。普段から政治には興味があるので、選挙だから特別という訳ではないが、最近は夏バテに負けながら、ずっと選挙関連の番組やトピックスを見ている。
僕は・・・conservativeだ。エドマンド・バークの著書にも、納得し切れない部分はあるのだけれど、ポスト・モダンの論者が言うように、「大きな物語」は既に終わりを告げているのかも知れないけれど、世界は変革を必要としているのかも知れないけれど。僕は、どうしてもliberalになることは出来ない。
一方の僕はと云えば・・・歴史少年だった子どものころは、織田信長がマイ・ヒーロー。SFと歴史が好きで、フランス革命はと云えばナポレオンが好きになれなくて、ネルソン提督に憧れていたり、ナポレオン麾下の元帥では、ジャン・ランヌがお気に入り、というような軍事史バカだった。でも、勇敢なネルソンやジャン・ランヌと自分とは全く違う種類の人間であることも気付いていた。いつのころからか、シャルンホルストというプロイセンの軍人が気になりだした。ある本に載っていた彼の紹介文にあった「Loyalistにして革命家」という一節に、どこか自分と通じるものを感じたのかも知れない。そう思い込むと、自分もシステムを構築するのが得意のような気がしたり、彼の肖像画の雰囲気もどことなく自分と似ているような気がしたり、だらしない格好でも平然としていて、常に憂鬱な雰囲気を漂わせているところも似ていると思ったりして、いつしか、僕の憧れはシャルンホルストになっていた。もちろん、それは軍人になりたいという意味ではなくて。
僕がLoyalistになったのは、母の家系が南朝の武将の流れだとされていることに一因があるのだけれど、僕の祖父は戦前から津田左右吉の著書を持っていたような人で、相当なliberalだったらしいから、血は理由には出来ない。それでも、自分に流れている血の歴史を調べているうちに、僕がLoyalistになったのは間違いない。たとえ、それが余りにも古臭い観念だとしても。
そして、僕が敬愛する和辻哲郎の存在がある。彼の影響で、僕は芸術学科に進んだのだけれど、彼の『風土』はliberal的な立場からは否定される場合が多い。
あらゆる面で正反対と云える僕と弟だけど、弟が歴史を好きになったのは、どうやら父とボクの影響らしい。父の本棚には、司馬遼太郎や塩野七生を始めとして、歴史ものがズラリと並んでいるが、僕は両氏とも大嫌いだったりする。部屋の壁面を埋め尽くす父の本棚は、ちょっとした図書館のよう・・・吉村昭を見つけたのも父の本棚だった。父は、政治信条的には、どうなんだろう?今はノンポリの気がするけど、学生運動には参加したらしい・・・どこまで本気だったかは不明。母は・・・基本的には僕の影響が強いかな・・・理詰めで説明すると、すぐ納得してしまう人。
1993年9月、ワシントンで行われたオスロ合意の調印式、学校に行っていなかった僕は、深夜の生中継を見ていた。「歴史が変わる瞬間を目撃した」・・・そう思っていた。それから少し月日は経って、1995年のある日、イツハク・ラビンが死去したとのニュース速報がTVで流れた。父は「老齢だし、病死じゃないの?」と言っていたけれど、僕はすぐにイツハクは暗殺されたんだと直感した。あれから十数年、いまでも抗争(と呼べるものならば)は続いている。アラファトも死んだ。彼は病死だったけれど。1993年のあの日、僕は無邪気にも「歴史が変わるんだ」と信じていた。
いつの頃から、変わることを恐れるようになったのだろう。
チェチェンではロシア軍が(もちろんチェチェン側が仕掛けたものもあるが)猛威を振るっている。それでも、誰もどうすることも出来なかった。大砲で撃たれても倒れそうになかったアンナ・ポリトコフスカヤも死んでしまった。日本にもチェチェンを支援するサイトは幾つかあって、僕は良く行っていたけれど、ある時、彼らは日本国内のある法案に関して反対するキャンペーンを張った。チェチェンとは直接的には関係のない法案だったのだけれど、彼らにとってはチェチェン問題と通じるものだったのだろう。それでも、僕には物凄く違和感があった。国内の政治的立場を超えて、チェチェンを支援しようという気持ちは有り得ないのだろうか。それから、僕が彼らのサイトに足を運ぶことは少なくなった。それでも、個人的にチェチェンを支援したい気持ちに変わりはないのだけれど。