*『保守派宣言』1の続き
歴史少年だった僕は、いつのころからか、吉村昭以外の歴史小説は読まなくなり、史書(研究書の類)や、自伝のようなものばかり読んでいた。そして、何故か、戦後の政治家については、日本の政治家よりアメリカの政治家についての方が詳しかったりする。自伝(著書)を読んだ人のうち、幣原喜重郎や重光葵くらいは戦後の政治家とも呼べるだろうか。戦前の政治家なら高橋是清や鈴木貫太郎などの自伝は読んだし、東京裁判の首席検察官だったジョセフ・キーナンが「真の平和愛好者」と呼んだ4人のうち、若槻礼次郎や岡田啓介、宇垣一成の自伝(日記)も読んだ。唯一、自伝を残していない米内光政だけは例外だけど、ホントは米内の自伝が一番読みたかった。もっとも、陸軍の軍人だった宇垣の著書には、現代の日本人が読んだらギョッとするようなことも書いてあるのだけれど。陸軍の軍人の自伝なら、柴五郎や今村均、樋口季一郎なども読んだ。旧日本陸軍の将軍の自伝なんて、聞いただけで嫌悪感を覚える人もいるだろうけど、それでも、僕が再び社会に復帰する決心が出来たのも、一部は彼らの人格に触れたおかげ。それは事実。もっとも、僕はあの戦争を肯定しようとは思わないし、清沢洌や松本清張をはじめとして反体制派の言論人の著書も読んでいるから、一概に知識が偏っているとは言い切れないし、旧軍の軍人の自伝などを読んだことが理由で、僕が保守派になった訳でもない。
一方で、アメリカの政治家の自伝なら、ジミー・カーターにビル・クリントン、さらにバラク・オバマと見事なまでに民主党が並んでいる。これは、やはりオスロ合意を目撃した影響だろうか。アメリカの政党では、断然、民主党びいきで、2000年の大統領選挙でアル・ゴアが負けた時、「これから、世界は酷くなる」そう言っていた。もちろん、あれ以降に起こったことを正確に予期していた訳ではない。ただ、飛び抜けて優秀だと思っていたクリントンの後釜に、明らかに無能な大統領を連れてきては、アメリカは大変だ。そう思っただけだった。
だからという訳でもないけど、外交的なスタンスでは日本の保守派とは距離感を感じる。イラク戦争には反対だったし(というより、余りにもバカげた話だと思っていて、最初の一発が鳴らされるまでは半信半疑だった)、ことさら近隣諸外国の脅威を並べ立てる言説には違和感を感じる。それでも、それらは僕が保守派であることを否定する理由にはならない。巷で言われている程、ブッシュJrが非道い人間だとも思わない。もちろん、為政者としての評価は全く別だが。石油利権がどうのこうの、それでは話が単純過ぎるとも感じている。
かつて、ベトナム戦争を始めたのは「最良の、最も聡明なはずの人々」が率いる民主党政権(最近、亡くなったマクナマラなど閣僚は民間起用だけど)だったし、かつて、エイブラハム・リンカーンを輩出しながら、いつの頃からか右傾化した共和党にも、ロバート・タフトのような政治家は居た。たしかに、マッカーシーみたいなのも居たんだけど・・・それでも、ウォーターゲート事件を暴いたウッドワードだって共和党員だったんだ。政治的立場を超えて、正しいと思うことを出来る人間だっている。これから、僕はロバート・タフトを見つめていこう。もちろん、それは政治家になるという意味ではなくて。
そして、今回の選挙。政権交代のシステムを作ること自体には賛成だし、自民党には質の低い政治家もたくさんいるのだけれど、なにより今回はタイミングが悪過ぎるし、民主党が勝ちすぎると、今度は質の低い民主党の政治家がたくさん増えるだけだと思っている。さらに、自民党が負けすぎて仮に解体でもしてしまうと、政権交代のシステム自体が機能しなくなってしまう。圧倒的な逆風の中、真にプロフェッショナルな政治家(数は少ないかも知れないが)までもが負けて、素人丸出しの「庶民感覚」が受かっても、将来的には国政にダメージを与えるだけだろうとも感じている。彼らはマニフェストを1言一句違わず実行すると言う、でも、政治は水物だ、そんなことは言わない方が無難なのだ。変化という言葉は、肯定的に捉えられる場合が多いけど、現状より悪くなることだってある。そして、たとえ現状が最悪だと思っていても、それより下が存在する可能性だって常にある。それでも、今回の選挙は民主党が大勝するだろう。だから、今こそあえて言おう。僕はconservativeだ。
世界は変化し続けるのかも知れないけど、それでも、どうか、もう少しだけ変化を受容する時間を与えて欲しいんだ。