
彼の星が如何にして
赤い赤い恒星から逃れたかなど
彼には知る術もなかった。
彼には夏の日の遠い雲も
冬の日の高い空も
想像出来なかった。
彼にとって空気とは
自分が歩ける距離にあるものだった。
彼には透明だった空の色も
天に掛かっていた虹色の橋も
想像出来なかった。
彼にとって空とは
単に平たく黒いものだった。
彼にはあまねく瞬く星の輝きも
夜を支配していた月の青い光も
想像出来なかった。
彼にとって星とは
遠く疎らに光る点に過ぎなかった。
彼には深々と降りしきる雨の寒さも
夏の日の夕立ちの涼しさも
想像出来なかった。
彼にとって水とは
天から降るものではなく
地の底から湧き出るものだった。
彼には風に揺れる木の葉の音も
狂おしい程、永遠に続くように思えた波の音も
想像出来なかった。
彼にとって音とは
自分が踏みしめる砂の音だった。
彼は稀に絵を描いた。
それは自分と同じ形が2つある絵だった。
何故それを描くかは彼には理解できなかった。
彼にとって自分と同じ形は
生まれた時から見たことがないものだった。
彼の居る場所が
自分と同じ形で満ち溢れていたことなど
彼には想像することも出来なかった。
消え入りそうに思えた明滅する灯りも
ビルの窓に映ったオレンジの夕焼けも
気が遠くなりそうな雨上がりの草の匂いも
アスファルトの向こうに見えた陽炎も
天を突き刺すようだった街の光も
霞みの向こうに見えたシルエットも
彼には想像も出来ないくらい
遠い遠い日のものだった。