6日(火)、思い切ってJRと南海電車を乗り継ぎ、仁徳天皇陵を中心にした百舌鳥古墳群を訪ねることにした。9時10分に南海電車“堺東”駅に着いたけど、どの改札口から出て良いものやらさっぱり分からず、駅員さんに地図示しながら「反正天皇稜へ行くには」と聞かねばならない。
北東改札口から出ろと言われてそうしたが、線路とマンションに挟まれた細い道があるだけ、キョロキョロしながら広い道を探すと標識が見付かる。
持参の案内地図によれば、まず反正天皇陵なのに、二番目の方違神社に出てしまうから困りもの、通り掛かった女性に聞いたところ、「あの向こうのマンションの脇に細い道があるので云々」 誠に丁寧に教えて下さる。
指示に従いながらウロウロしてたら、
何とか反正天皇陵(百舌鳥耳原北陵)に辿り着けた。
拝所から見た反正天皇陵
道を尋ねた女性が指示したコース、それは堺市役所を経由しない道・・
これはイカンと引き返し、またまた「市役所ってどっちですか?」
それは目の前の建物、エレベーターで21階の展望ロービーへ上がる。
正面、左から右へ横たわるのが仁徳天皇陵で、奥には“ニサンザイ古墳”が盛り上がってる。左手前のは“永山古墳”なんだろう。
仁徳天皇陵の右側が“いたすけ古墳”、更に右手には広大な“大仙公園”が見渡せる。
曇り空あいまって私には良く分からないが、
御廟山古墳や履中天皇陵も目に入ってるはずだ。
市役所のボランティアさんやガードマンさんに尋ね尋ねしながら、とにかく仁徳天皇陵目指さねばならない。
こんな道しるべはあっても、初めての者にしたら一貫性に欠けており、増して東西南北を見失ってるからどうしようもない・・
やっとこせ仁徳天皇陵の拝所が見付かった。
日本最大の前方後円墳で、第16代仁徳天皇陵と治定され、宮内庁の厳重な管理下に置かれておる。墳丘の全長は490m、後円墳の直径は250mあるというから、一周すれば3km近くもあって、大仙陵とも称される。
市役所21階から仁徳陵見下ろすって無理、この気球に乗れば見降ろせる。
いや、気球に乗るの4,500円と聞いたから遠慮、これは大仙陵前にある写真。
陪冢というそうだが、大きな古墳の周りを小さな古墳が取り巻いてる。
仁徳稜には10数基があって、これもそのひとつとされる孫太夫山古墳とあった。
隣にある広大な大仙公園、園内には博物館や図書館があり、ここから気球揚げてる。
ますます方向音痴になり、何度も道行く人に声掛けねばならない。
履中天皇陵
ミサンザイ古墳とも呼ばれ、仁徳・応神天皇陵に次ぐ日本で3番目に大きな前方後円墳、ここも厳しく管理されてる。
庭で、菊の花手入れされてるお年寄りに「これって“いたすけ古墳”でいいですか?」
と問えば、そうそう、これはいたすけ、いたすけですよと。
いたすけ古墳の陪冢と考えられる善右ヱ門山古墳
突然きらびやかな神社へ入る。 百舌鳥八幡宮。
この日ラストになるニサンザイ古墳を探す。
かなり迷ってやっとこせ見つけた。墳長は日本で7番目に大きい300m。
午後1時を過ぎておる。木陰にベンチ見つけ、お茶を流し込みながらパン食べる。
持参したこの地図など全く役に立たなかった・・・
JR百舌鳥駅に着いたのは14時に近かったので、ぐるっと回るのに4.5H要したことになる。道行く人、ガードマン・警察官・ランニング中の人、ボランティアさんなど8~9人に道を尋ねたが、そのたび誠に親切に教えて貰え、堺人てホント親切なんだと感謝しながら帰途についた。
























