8日(火)、空は暗く脚の疲れも十分残ってるので、買い置いてた中公新書の『継体天皇』を読むことにする。著者の河内春人センセ、「新書という性質上、読みやすさ、わかりやすさを優先して」と書いてはいても、古代史入門者にしたら中々の難解、例によって“飛ばし読み”せねば前へ進まない。

 

それにしても出版社や著者、今なら売れるぞという絶妙のタイミングで書店に並べるから、図書館のは100数十人待ち、仕方なく1,100円で仕入れてた。

タイミングと言えばもちろん今回の皇室典範問題で、自民党はもとより野党までもが男系男子に拘りをみせておる。

 

最近知った古代史の“面白さ”を別とすれば、皇室とか天皇に関心持ったことは無く、今の天皇の子は愛子さんだけだから、彼女が次期天皇となるに何の差し障りも感じておらず、きっと世間の多くもそうだろうと疑ってもいない。

 

そもそも男系男子に拘る理由は何処にあるのか?

ヒトには性染色体XX型とXY型があり、前者は女性で後者は男性を発現する。

とすれば、男系男子というのは、このY染色体が男性天皇からその男性の子へそのまま移行するだけに過ぎないのではないか? 

いや染色体は千切れたり逆方向にくっ付いたりすることあると、何処かの講座で聞いたことあるから、そのYだって“そのまま”とも言えない。

 

で、そのY染色体上に特別な遺伝子が乗っかってるというなら話は別かもしれぬが、

現代科学でもってしても“何も無い”のだから、そもそも男系男子・男系男子と叫ぶなんて、無いものねだりする幼児のそれと何ら変わらない。

 

「理由なんてどうでもよい、皇室の2,000年の歴史に鑑みよ!」

そんなこと言われても納得出来るはずはなく、皇室の歴史も読み方によって変わるんだとは、歴史学者の一致する部分ではなかろうか。

ついつい“大のおとな”が何を言い争ってるのと思うのは、私自身の勉強不足から?

 

2ヶ月ぶりの本格的な雨になってひと一気つけそう。

朝9時半頃から降り始め、緩急繰り返しながら夕刻まで降ったから、水は十分土中に沁み込んだに違いなく、山並の木々もmy sakuraも、何とか夏を過ごし終えること叶うだろう。

午後1時、我が家から南方向の海、雨にけぶって見えない。

 

西方向の明石海峡大橋も望めない。