先だって、桂米朝と小松左京の対談を活字化した本により、“花札の絵柄”について知るとこ多かったので、6日(木)はその対談集『米朝 置き土産 一芸一談』を読むことにした。

 

朝日放送のラジオ番組『ここだけの話』を活字化した『一芸一談』なる本があり、その中に入り切らなかった12人との対談を、米朝没後に続編という形で出版されたものだという。

現代落語会を代表する存在だった米朝が、主として芸能界の重鎮を対談相手にして、縦横無尽の知識を披露していて面白い。

 

漫才師の夢路いとし・喜味こいしからスタート、指揮者の朝比奈隆/作家の小松左京/歌手の島倉千代子/タレントの小沢昭一/薬師寺官長の高田好胤に加え大阪の料亭大和屋四代目女将・坂口純久などがゲストだから、米朝の博識無くして務まりはしない。

 

中でも面白かったのは高田好胤との掛け合いに出て来る話で、

『古い奈良のお寺の場合、東大寺や興福寺、それに薬師寺などのお寺は“国立”だから、檀家は国であってお寺に墓は無い。

つまりお寺の僧侶はお葬式に関わりをもたない。沢山のお坊さんはいても、お通夜・葬式のやり方が分からず、葬儀屋に笑われたこともある』

 

同じく高田好胤との話の中に、

『“無慈悲の慈悲”と“慈悲の無慈悲”があって、今お互いに親子でも何でも、慈悲があり過ぎて子どもに無慈悲してるのが我々。つまり、結果的に無慈悲なことしてる』

そう、可愛い子には旅をさせるべきであり、獅子の親は子を谷底へ突き落とすのだ。

 

大阪の上方料理「大和屋」の女将である坂口純久の話しにこうある。

『昭和10年頃、芸者衆が洋舞を踊る“河合ダンス”というのがあり、大和屋の“少女連”を小林一三が観て、宝塚の少女歌劇をつくった』

ふむ、私と違って頭のええ人はお酒の場でも勉強勉強を心掛けておる。

 

この本がなかなか面白かったので、早速図書館へ『一芸一談』の予約入れた。