16日(月)、前日に引き続き寒さを覚えていけない。
いつもより遅掛けに家は出たけれど、空気の冷たさに心は萎んで引き返す有様。
そこで先日入手した岩波ジュニア新書『日本の歴史1』に取っ掛かった。
日本は酸性土壌とあり、古い人骨は溶けてしまってるから、一万数千年以上前に遡るのは困難らしく、貝塚に投棄された木の実や動物の骨を分析して往時の生活を想像する外無い。縄文時代に入ると土器や石器が各地で見つかるようになり、採集と狩猟を生活の基盤にしてたことが分かる。ただ、既に縄文人はある種の植物を栽培したり、後期に入るとイネも栽培しておった。
ただしイネは畑での陸稲で収穫は少なく、採集・狩猟無しで生活するのは無理だったような。
その縄文時代は10,000年以上続き、紀元前8世紀頃から紀元後3世紀中頃までを弥生時代と称し、この時期に水稲栽培が生活基盤として定着してゆくのだが、栽培法や農具などは渡来人によってもたらされたものが中心になっていた。
当時の人たちは少人数の環濠集落をつくり、各地で本格的な戦いが開始される。
戦いの原因は、1,共同体成員の管理 2,利水問題での衝突 3,新田開発を巡る土地の奪い合い 4,鉄製具の入手競争 5,余剰生産物の管理や配分などなどで、やはり統率者の出現を望む雰囲気が醸成されていったようだ。
2世紀初頭には、日本列島で倭国という政治的なまとまりが成立していた。
ただし倭国というのは、かなりな数の豪族集団を指していて、内情は相当な騒乱状態が続いており、そんな集団の中で卑弥呼が倭国の王に共立されるのだ。
卑弥呼は邪馬台国(やまと或いはやまど)の王ではなく、邪馬台国から選ばれた倭国連合の王と考えるべきで、彼女は魏国と交渉する開明的な顔と、シャーマンとしての未開的な王女という二面性を有していた。
歴史音痴の私には全く分からないけど、書物によって実在したとされる天皇は異なってる? この本では、この国を初めて統治した天皇は第10代崇神天皇との立場。
これ以前の天皇は実在しなかったであろう(欠史八代)とは歴史家に共通するようだ。。
「崇神天皇陵が築造されたのは4世紀前半とされるから、この頃にヤマト王権が成立したと考えられる。これ以前に、既に大型の前方後円墳は実在してるので、大型古墳とヤマト王権の成立は一致しない。つまりヤマト王権の首長は、前方後円墳を築いた勢力の中から誕生し、その連合勢力の盟主の地位についた」とある。
さて、この天皇たちがズラズラ現れる“飛鳥・奈良時代”に入ると頭が痛くなる。
今、その入口へ達した。第21代に雄略天皇がいて、万葉集第一番歌「娘さん、私が大和の国を支配してるんだよ」であり、日本霊異記も雄略天皇の記述から始まってるらしい。
今月下旬、第26代継体天皇陵を訪ねる機会がある。
この天皇は天皇家の系譜の中でも特異な存在らしいから、それには参加させて貰おうと楽しみにしてる。
3月26日(木)から31日(火)に掛けて行われる第56回日本少年野球春季全国大会、孫6号が出場するとあって、早ければ前日の25日(水)にでも東京へ向かうべく心積もりしてた。
S歯科医院とHクリニックの予約を変更したり、飲み会を断ったりして、何とか31日まで日程確保出来たところで組み合わせ抽選会の結果を見ると・・・
26日の一回戦は千葉県柏市で、27日の2回戦は神奈川県の綾瀬市、3回戦はやっと東京大田区への転戦と判明した。
田舎もんの私にそんな移動は無理だし、春休み中ということもあってホテルの確保自体が至難、その計画は白紙に戻さざるを得なくなった。
ただ、どうやらライブ配信っていうのが期待出来そうと知り、日程に合わせた時間帯の確保だけはしておかねばならない。
一方高校1年の孫4号も28日(土)にあじさいスタジアムでの試合に臨むから、これもまた欠かすこと出来ない。
高齢者をどんどん動かす機会あるって、実は大事なことと喜んでる。

